第46話 好きだ②(他者視点)

 ――一つのことに、無心で打ち込める姿に憧れた。

 フィーア・カラットにとって、ハイムという名のクラスメイトは、彼女のこれまでの人生で他にいなかったタイプの人間だった。


 まず、”普通の”平民というものと初めて対等に話をした。

 王城は、この国の中枢だ。

 それに仕える侍従達も、身分を保証された者たちばかり。

 多くは貴族で、残りは大きな商会の娘たちなどだ。

 公務で人前に姿を見せることはあるが、彼らはステラフィアにとっては民草、守るべき国民だ。

 同じ目線で話をすることなんて、考えたこともなかった。


 ハイムは特待生として学園にやってきた平民だ。

 魔導学園において、人間は魔術の前に平等というけれど、そんなの結局建前でしかない。

 ハイムはグオリエという乱暴な貴族に目をつけられて迫害され、侮蔑されている。

 クラスにもそれは波及し、彼はとても居心地が悪かっただろう。

 どうにかしたくても、ステラフィアではないただのフィーアに、そんな力はなかった。


 そんな彼と話をするようになったのは、考古魔導学の講義でのことだ。

 彼はフィーアよりも先に教室にやってくると、熱心に何かを読んでいた。

 それは確か、図書館にある魔術に関する論文のはずだ。

 別の講義で、教師がこれは読んだほうがいいと紹介していたのを覚えている。


 それを、彼は真剣に読んでいた。

 フィーアがやってきたことにも気が付かず。

 衝撃だった。

 これまでの人生で、他人から無視されたことのないフィーアにとって。

 そも、ただでさえ隣に人がいれば、その人の方に視線が向いてしまう好奇心旺盛なフィーアにとって。

 そこまで、なにか一つのことに集中できる姿は、あまりにも衝撃的だったのだ。


 それから、フィーアは彼と話をするようになった。

 彼のことを知りたいと思った。

 話をすれば、彼が自分とは正反対の受動的な人間であることが理解った。

 グオリエに反抗しないのも、そうすることが面倒だから。

 魔術を習い始めたことだって、故郷に魔術を学ぶ環境があったからだそうで。


 でも、一つのことに集中すると、彼の目つきは一気に変わった。

 鋭く真剣に、まっすぐと、一つのことにしか目がいかなくなる。

 そのギャップが、たまらなく愛おしい。

 悪く言えば、ハイムは流されガチなどこにでもいる普通の少年だ。

 だが、そんな部分すらも、フィーアにとっては愛らしくてたまらないのである。


 そう、今のように。


「――一旦、中の物を全部外に出そう。すでに掃除してある部分は棚ごと、そうでない部分は棚から本を取り出して。そして風魔術で埃を払うんだ」

「おー」


 先ほどまで、何やら青春全開な考え事をしている様子だったハイム。

 

 その視線が、フィーアの提案により一瞬で変わった。

 考え事をしている彼には、今フィーアがどんな顔をしているかは決して目に入らないだろう。

 だから、声は努めて平静に。

 けれどもフィーアは、その胸の高鳴りを決して止めることはできないだろうと、そう考えていた。

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