第31話 勘違い④(他者視点)

 フィーアは急いでいた。

 ハイムとは、明日朝から学園の手伝いをすると約束して別れ、今は王城に戻っているところだ。

 というか、すでに王城には入ってきている。

 変装を行うための小部屋が王城にはあり、まず最初にそこへ入って変装を解く。


 フィーア・カラットはステラフィア・マギパステルに戻った。

 そのうえで、今は自分の部屋へ向かっているのだ。

 何故なら――


「う、うううううっ、うううううううっ!」


 今の自分の赤くなった顔を、親しいものには絶対に見せられないからである。


 バンッ! と部屋を勢いよく空けて中に飛び込む。

 ダンッ! と扉を閉じ直し、ステラフィアはその場に崩れ落ちた。

 学生服から、王女らしいドレスに戻っているというのに、それを忘れて。



「あああああっ! ハイムくんはどうしてそんなに私を勘違いさせるのっ!」



 絶叫が、部屋の中に響き渡る。

 周囲に誰もいないことは確認済み。

 だから何なら部屋の外で叫んでも構わないわけだが、今は自室で感情を吐露することを優先していた。


「朝からずっと、ハイムくんは私のことを気遣って! なんなの!? そんなに私に自分のこと惚れさせたいの!? もう好感度これ以上上がらないよ!?」


 実を言えば。

 ――ハイムが、遠慮のなくなったフィーアにドギマギしていたのと同様に。

 フィーアもまた、ハイムが隣りにいることで爆発しそうな感情をギリギリのところで抑えていたのだ。


 どころか、自分のフィーアに対する好感を自覚していないハイムと違い、フィーアはすでに自分の恋心を自覚している。

 どちらがより相手の行動で動揺しやすいか、考えるまでもないだろう。


「特に最後、私のお手伝いとか無理無理無理ーっ! あんなの冷静じゃいられなくなっちゃうって!」


 それでもなんとか、フィーアは顔に出さないようにしていたのだ。

 ただでさえ自分の正体がハイムにバレて、彼にとっては負担が増えているだろうと言うのに。

 さらにそこへ、自分の感情をぶつけては。

 彼もそれを処理できないだろうと、そう考えたのだ。


 しかし……


「でも、ハイムくんはいつもどおりだったな」


 膝を抱えて、恥ずかしさでどうにかなってしまいそうな顔を隠しながら。

 フィーアは別れ際の話を思い出す。

 なんと驚くべきことに、ハイムはフィーアの正体を知ってもなお、日常のサイクルを崩さなかったという。

 あの状況で、何事もなく魔術の資料漁りに行ける胆力。

 見習いたいものだ。


「……もう少し、積極的に振る舞ってもいいのかな」


 だから、フィーアがそんなことを考えてしまうのも無理はない。

 しかしフィーアは知らない。

 ハイムがいつも通りに過ごす裏で、フィーアの一挙手一投足にドギマギしているという事実を。


 何なら、ハイムとフィーア。

 相手の好意に鈍感なのは、実はフィーアの方なのだと。

 フィーアは、知らない。

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