第26話 変化②

 ……正直、俺だってグオリエには耐えかねるところがある。

 だが、こちらから手を出してどうにかなるものではないし、向こうを付け上がらせるだけだ。

 正面から奴の鼻っ面を叩き潰せば、奴はそのプライドを粉々にされるだろうが、代償として俺は槍玉に挙げられるだろう。


 いくら特待生が特別な立場とはいえ、それは特待生としての責任を果たしているからだ

 特に今の俺は、フィーアの秘密を知ったことで、俺だけの立場ではなくなっている。


 持って回った言い方だが、要するに俺はフィーアを困らせたくない。

 何より、見てしまったのだ。

 グオリエが俺たちから離れて行ったあと、フィーアの目尻にうっすらとだが涙が浮かんでいたのを。


 昼を一緒に食べるというのは、そのあとどちらからともなく言い出したことだ。

 メモでやりとりをして、クラスの連中が周囲にいないことを確認してから食堂の席についた。


「……ちょっと泣きそうになってたの、気づいてたよね」

「……まぁ、目に入ったからな」

「いいの、我慢できない私が悪いんだから」


 自嘲するようにフィーアは俯いた。

 このままだと、また泣き出してしまうかもしれない。


「……情けないんだ、自分が。ハイムくんとのことで、ハイムくんを困らせることだけはしないようにしてたのに」

「困るなんて、そんな」


 むしろフィーアが謝罪してくれたおかげで、グオリエをスムーズに撃退できた。

 奴をあそこまですんなり追い返せることは稀だ。

 それを考えれば、ありがたいくらいだというのに。


「ハイムくんを守るようにって、言われたんだもん」

「……!」


 誰が、とは場所が場所だから言わなかったが、察することは簡単だ。

 陛下が、フィーアにこれからも俺との関係を続けたければ、俺の立場を守るように言ったのだ。

 それを思い返しているのだろう。

 ならば、フィーアの反応もわかるというもの。


「それなのに私、浮かれて何してるんだろうなあ……って」

「フィーア……」


 人が側にいるのもあって、フィーアは涙を堪えながらも自分を責めている。

 それは、正しくないことだ。

 少なくとも俺は、フィーアの正しくない自責は見たくない。


「……そうだよな、見たくないよな」

「ハイムくん……?」


 小さく漏らした言葉が、聞こえてしまったらしい。

 なんでもないと首を横に振る。

 そうだ、フィーアが俺を守ると言ったように、俺もフィーアの涙は見たくない。

 昨日までなら、そもそもそんなこと起こりすらしない関係だったのに。


 俺達の関係は変化しているんだ。

 すでに、もう後戻りはできない状況で。

 俺はそれを、きちんと認識しないといけない。

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