第24話 大丈夫⑤

「そんな真剣な顔をしないで、ハイムくん。私はフィーアだから、普通にしてくれて大丈夫だよ」

「あ、ああ……今、この場所では……だよな?」

「わかってるって、ハイムくんは心配性だなぁ」


 ステラフィア王女――フィーアは、いつもどおりに笑っている。

 俺が、如何にもと言わんばかりの臣下の礼を取ったことが、あまりにも面白かったのだろう。

 正直、俺自身ここまでさっとアレが出てくるとは思わなかったので、自分でも驚いている。


「でもどう? やっぱりお姫様っぽいでしょ、今の私」


 くるくると、飛び跳ねるようにしながら回って見せるフィーア。

 長い金髪がたなびいて、確かにそれは美しい光景だが――


「いや……そうしてると完全にいつものフィーアだな」

「もー! ちょっとくらい褒めてよ!」


 ――俺の返答に対する反応すら、完全にいつも通りだった。

 と、そんな時である。

 くるくると回っていたフィーアが、


「あっ」

「えっ?」


 ――脚を、資料室の戸棚に引っ掛けたのだ。

 途端、収まっていた書物がバサバサとフィーアめがけて落ちてくる。

 突然のことに、硬直するフィーア。

 俺の身体は――それを見た瞬間、半ば反射的に動いていた。


「あぶないっ!」

「え、ひゃっ!」


 フィーアを引っ張って、引き寄せる。

 無理な体制だったものだから、そのまま二人とも地面に倒れ込み――何とか書物の雪崩からは回避できたものの。


「……えっと」

「あー……」



 俺は、フィーアを押し倒す形になってしまった。



 もちろん、不埒なところに手が乗っていたりはしない。

 俺が押し倒す形になってしまったものの、ギリギリ踏ん張ってフィーアに痛みがあるような倒れ方はしていない。

 ただ、俺の身体はフィーアの上にあったし、俺の手はフィーアの顔の直ぐ側に添えられていた。


「…………」

「…………」


 まずい。

 顔が近い。

 至宝とすら言われるステラフィア王女の――いつも通りのフィーアの顔が、あまりにも近い。

 顔を真っ赤にして、視線はあっちこっちを行ったり来たり。

 それに関しては正直俺も同じだろとは思うもの。

 相手を直接見下ろしている俺は、フィーアの顔にばかり視線が向いてしまう。


「え、っと」

「…………わ、わるい」


 幸いだったのは。

 突然の出来事で、ムードなんてあったものじゃないこと。

 凄まじくお互いに恥ずかしいが、恥ずかしいだけで済んでいる。


 あくまで、今は。


 ――ここで、選択を間違えたら、俺達はとんでもないことをしてしまうかもしれない。

 お互いに、その認識は間違いなくあった。

 どちらから……とか、どうやって……とか。

 そういうことは、何一つ頭の中には思い浮かばなかったものの。


 次に、何をするかで、


 俺達は、過ちを犯してしまうかもしれないと。

 そう、この瞬間互いに思ったのだ。


 そして、結局。



 ――ホームの開始を告げるチャイムが、二人を現実に引き戻したのだった。


 なお、崩れた本等は放課後に二人でなんとか片付けた。

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