第19話 その夜(他者視点)

 ステラフィアが執務室を後にして、フィオルディアは止まっていた読書を再開しながら一人ため息を付く。


「……まったく、血は争えんの」


 かつて、王族でありながら身分を隠して学園に通った身として。

 その結果、とある良縁に恵まれた先達として。

 彼はそのため息に万感の思いを乗せた。


「あの母にして、娘あり。ステラフィアは、立派に育ったものだのう」


 思い返されるのは、かつての記憶。

 いくつかの、フィオルディアにとって絶対に手放したくない記憶に微睡む。

 それは、さほど長い時間ではなかった。


「それにしても……ようやくバレおったか。無駄に慎重になりおって」


 意識は、娘とその恋人――になるだろう男のことへ向く。

 娘に断言したように、フィオルディアは確信していた。

 ハイムもまた、娘――フィーアを好く思っている。

 少なくとも、フィーアから告白したとして、それを断ることはないだろう。

 たとえ、フィーアが王族であると露呈したとしても。


「だからこそ、色々と便宜を図ってやったというのに、のう」


 言いながら、フィオルディアはを弄ぶ。

 この鍵は、ハイムから直接返されたものだ。

 ハイムは、フィオルディアに資料室でのことを話さなかったが。


「まさか、話すわけはないがのう」


 そう、苦笑した。

 ともあれ。

 ようやくフィーアとハイムの関係が、これから動き出す。

 フィーアにも言った通り、二人の前にはこれから多くの困難が待ち受けるだろう。

 まずもって、平民が妾の子とはいえ、王族を娶るのには相応の困難が伴う。

 王族が平民の娘を娶るのとはわけが違うのだ。


 とはいえ、決して不可能ではない。

 まず、特待生としてのハイムの才能は本物だ。

 この学園始まって以来、二人しかいない入試試験で満点を取った天才魔術師の一人。


 面接でも、フィオルディア自身が直接その才気を確かめた通り、彼は間違いなくこの世界の歴史を変える。

 言い方は悪いが、その功績を持ってすればステラフィアの降嫁など、お釣り程度の価値にしかならないだろう。

 ともあれ。


「その才能を、形にできるかどうかは彼次第だの」


 少なくとも、彼は未だ学園内で正しくその才能が評価されていない。

 原因は――


「まず最初の問題は、あのバファルスキの倅か。やれやれ、奴は子の躾をどうしておるのやら」


 ――身近な敵。

 ハイムとフィーアが所属する学園のクラスにある。

 コレに関しては、結局のところ単なる青春の一幕に過ぎないが――


「ま、特等席で楽しませてもらうとしようかの」


 それを眺めるのも、また父としてのフィオルディアの楽しみでもあった。

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