第4話 バレるまで③

 「ホーム」が終わると、フィーアは教師に呼ばれて何かしらの手伝いにクラスを出ていってしまった。

 人が善いのは悪いことではないんだが、いちいち色んな人から雑用を押し付けられがちなんだよな、フィーアは。


「――おい、”おこぼれ”」


 なら、俺もクラスに居座るのは空気を悪くするだけだから、さっさと席を立って講義に向かおうと考えていたのだが、声をかけられた。

 剣呑な声音だ。

 できるだけ、相手を刺激しないようにそちらを見る。


「誰の許しを得て、フィーアと話をしているんだ?」


 な男がそこにいた。

 性格の悪そうな巨漢である。


「答えろ、おこぼれ」

「俺は……挨拶をされたから、それに返事をして雑談しただけ、なんだが……」

「ふざけるな!!」


 胸ぐらを掴まれる。

 クソ、今日は特に虫の居所が悪いな、これは。

 グオリエ・バファルスキ。

 この国の貴族でも、上から数えたほうが早い上級貴族、バファルスキ家の嫡男。

 見ての通りの乱暴者で、クラスで最も有力な貴族子息でもある。


 まぁ、つまるところ、このクラスの中心人物だ。


「そもそもお前のようなおこぼれの平民が、このクラスで呼吸することを許可しているだけでも俺は寛大なのだ。それでありながら、フィーアと話をするなど、お前がおこぼれでなければ今すぐこの場で切り捨てているところだ!」


 そして、フィーアに対して好意を抱いている。

 というか、自分はフィーアより格上の貴族なのだから、フィーアは自分のものであることが当然だというのが彼の考え。

 カラット家は、比較的地位の低い貴族で、特に功績なども残していないらしい。

 グオリエがそう考えるのは、普通のことのようだ。


 ただ、一応言っておきたいのは、グオリエのような考え方はマギパステルの貴族として一般的というわけではない。

 彼が特別横暴なだけだ。


 しかし、


「まったく、これだからおこぼれは」

「フィーアさんの格に傷がついていると、どうしてわからないのかしら」


 クラスメイトは、その空気に呑まれている。

 俺が気に入らないのは、横暴な個人ではなくそれに流されるだけのお前らだよ、と言ってやりたいくらいだ。

 とはいえ――


「ちょっと、何してるのバファルスキくん!」


 ――彼女の手前、それを口に出すことはないわけだが。


「なっ……フィーア!? なぜここに!?」

「なぜじゃないっ! ハイムくんの手を離して、それ以上はただの喧嘩じゃすまないよ!」


 フィーアがクラスに戻ってきた。

 途端に周囲の空気が俺への剣呑なものから、フィーアに対する気まずそうなものへと変わる。


「クソッ……あまり調子に乗るんじゃないぞ、平民」


 さすがのグオリエも、フィーアを前には引くしかない。

 手を離されて、俺はほっと一つ、息をついた。


「バファルスキくん、ハイムくんは特待生だよ。国が選んだ生徒なの、あまりそういう言動をすると、あなたのお父様もかばいきれなくなるんだよ」

「……それは、俺への嫌味か、フィーア」

「違うって! 君のために言ってるんだってば!」


 正直、俺はグオリエ個人よりもクラスの空気のほうが嫌いだが、それはそれとしてグオリエは人の好意を悪く受け取るやつだ。

 有り体に言って、性格が悪い。

 そういう相手にまで誠実に振る舞うのは、疲れるだけだと俺は思うぞ。

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