第51話 開廷、墓荒らし事件

 まりあは裁判所の弁護人の席で、不安な面持ちで開廷を待った。

 荊の檻の傍らに目をやる。


 そこには、黒い犬がたたずんでいる。

 こんな場所にペットの立ち入りがOKなはずはない。なのに、誰も気にも留めていない。


 傍聴席で、証人として話す予定のトミーだけが一瞬顔をこわばらせて、まりあの方を恐る恐る見やった。

 視線が合って、まりあは頷く。

 この犬は、二人にだけ見えている。例の、面会室で暴れた犬だ。

 今はおとなしく、人間たちの動向を試すように、静かに行儀よく座っている。


 事件の全貌は、わかった。

 あとは、皆を納得させることができるか否かだ。裁判官であるシャルルはもちろん、被告人であるシズにも、あなたは死ぬ必要などないと納得してもらわなければならない。

 そのための証拠を、リリスが痛む足を引きずって探している。

 なんとか、彼が戻ってくるまでの時間を稼がなければならない。


「これより魔女裁判を開始する。私は裁判官を務めるシャルルだ。被告人は名の名乗れ」

 檻の中にたたずむシズは、消え入りそうな声で答えた。

「シズ・セクストンです」

 事務的な口調で、シャルルは問いかける。

「貴様は魔女か?」

 シズは、こくりとうなずいた。

「はい。私は魔女です」

 カツン、とシャルルが木槌を叩いた。

「本来なら自白をもって火炙りの刑を執行するべきだが、被告人にはまだ聞かなければならないことがある。消えた遺体はどこへやった?」

「お答えできません」

「すべての罪を白日の下に晒さなければ、裁判を終わらせることはできない。アンリ、事件の概要を」






☆検察官アンリの発言

 今回の事件は、この街の墓地から十七体もの遺体が消えた、というもの。

 事の発端は、この街でパン屋を営むデイブ氏が、亡くなった奥様のお墓のベルが鳴ったのを聞いた、ということ。

 墓の下で奥様のアンジェラさんが生きているかもしれないと、墓を掘り返そうとしたところ、被告人のシズ氏からの妨害を受けた。さらに、いざ掘り返してみたらお墓は空っぽだった、とのことです。

 次は事件の調査に当たったエクソシストに……。

 あれ、またいない……。もー! カインくん!






☆証人の発言、エクソシストカイン

 ……っと悪い悪い。

 ええと、調査結果だが、悪魔の痕跡は見つかっていない。

 遺体を盗んだってんなら十中八九、邪悪な儀式に使うはずだが、そんな痕跡はどこからも出なかった。つまり、被告人が黙秘している遺体のありかは未だにわからないってことだ。

 それと。留置場で起きた傷害事件についてだが、今の所方法、凶器、全てが不明。

 負傷者の傷口は獣の噛み傷で間違いないが、一部の者を除いて獣を目視できていない。

 この世ならざる獣。妖精だ、との説も出ているらしいが、魔女の使い魔の可能性も捨てきれないぜ。






☆証人の発言、被害者の夫デイブ

 俺は、ここに謝罪をしなければいけないことがある。

 俺は嘘つきだ。


 俺はろくでもない男だった。

 家のこと、営んでいるパン屋のこと、全てを女房に任せきりにして遊び歩いていた。

 最後に会った日も、真面目に働けって小言をこぼす女房を殴って、博打を打ちに出かけたんだ。

 それで、ある日家に帰ると棺があって、先代の墓守のじいさんがいて、アンジェラが死んだって言うんだ。

 俺は、葬式の日も飲み歩いていて、女房と最後の別れをしなかった。

 最初はどうってことなかったが、すぐに後悔した。

 死に顔も見ないままだから、女房が死んだって事が受け入れられない。


 だから、嘘をつきました。


 一目死に顔を見たくて。もうアンジェラはいないんだと、自分が納得したくて、墓を暴こうとしました。


 ベルが鳴ったというのは嘘です。


 墓を掘っているところを見つかって、墓荒らし呼ばわりされちゃかなわねえと思って、とっさに嘘をつきました。

 俺は、アンジェラの死体に一目会えたらよかったんだ。

 それなのに、それなのに!

 女房を返せ魔女め!






☆証人の発言、ヴァンパイアハンタージャック

 遺体が棺にない場合、二つのパターンが考えられます。

 墓場泥棒に遭ったか、リビングデッドとして遺体が起き上がり、墓を抜け出してしまったか。

 結論から言うと、リビングデッドではありません。

 事の発端になった墓を暴いたのは深夜。吸血鬼が出歩く時間ですので、その時間に掘り返した棺に遺体が無い場合、吸血鬼を疑うべきでしょう。

 しかし、その後の調査は昼間、太陽が空にあるうちに行いました。

 その時間であれば、吸血鬼は棺に戻っているはずですので、空っぽなのはおかしいのです。

 残る可能性は墓荒らし。これは間違いないでしょう。






☆証人の発言、看守トミー

 俺……、じゃないや、私は確かに、リリス弁護人が襲われた時に犬を見ました。

 嘘じゃないっす。……嘘じゃありません。

 俺以外には、そこにいる天草まりあさんしか見えてなかったみたいだけど、絶対にいました。

 すごくうなってて、なんだか怒ってるみたいでした。






☆証人の発言、葬儀屋アレン

 被告人が墓守の仕事を引き継いだのはつい最近です。

 ええ、少し前までは彼女の祖父君が墓守の仕事をされていたのですが、亡くなられまして。

 若い身空で大変だと思っておりました。

 しかし、このようなことになってしまうと、被告人が邪魔だったから祖父君を殺した、と疑ってしまいますね。






☆証人の発言、近所の住民ミランダ

 シズちゃんは、真面目な子だと思ってたんだけどねえ。

 毎日見回りして。掃除も欠かさなくて。

 この子の守るお墓に入れるなら死後も怖くないと思ってたのに。

 人は見かけによらないねえ……。

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