第50話 家路

 まりあは、今日あったことをリリスに話しながら家路につく。

 リリスは医務室から借りてきた車椅子に乗っているので、まりあはそれを後ろから押しながら歩く。


 カラカラと車椅子の車輪が石畳の上を滑る。

 ちょっとした段差でも、揺れると痛そうだから、なるべくゆっくり歩みを進める。

 今は夕暮れ時。リリスの白髪が夕日で赤く染まって見える。


「すごく拒絶されちゃった」

 リリスは穏やかに微笑んでいる。

「君がそこまで首を突っ込む必要はないよ。もう助手じゃないんだから」

「は?」


 思いのほか険のある声が出て、まりあは自分で驚いた。

「私はまだ納得してないんですけど? 大体、アンタがこんな状態なのに明日の裁判どうするの? 私が代わりに行かなきゃ弁護人いないんでしょ?」

「僕が這ってでも行くから気にしなくていい」

「気にしない? 無理だね」

「どうしてそこまでこだわるのさ。君は、僕に巻き込まれてしかたなく助手になったに過ぎないだろう?」


 どうしてってそりゃあ、決まってる。

「多分、アンタと一緒」


 リリスは、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で振り返った。

「僕と?」

「私が飛び降り自殺しようとしたとき、止めてくれたでしょ」


 あの時は、嬉しかった。

 自分が死ぬしかないのだと思い詰めていた時、君は悪くないのだと言ってくれたことが、とても大きな救いだった。

 思いつめた人がいた時、ああやって助けてあげられる私でいたい。


「たとえ他人でも、困ってる人や泣いてる人を放っておきたくない。このまま被告人が殺されるのを黙って見てるなんて、納得できない。だから、首を突っ込みたいの」


 まりあは、リリスの目をまっすぐに見る。

 反論なんかさせるものか。


「あなたが助けてくれて、私は本当に救われたの。せっかく助手になったんだもん。あなたみたいな人でいたい。仕事じゃなくても、助手をクビでも、私はあの被告人を見捨てたりしない」

「そう言われると……、照れくさいな」

 そして、困ったように笑う。

「わかったよ。君も、仕事を抜きで被告人を助けたい、ってのはよくわかった。そこまで言うなら、明日の裁判は君に任せよう」

「本当?」

「ああ。事件の真相、もうだいたいわかっているだろう?」


 そうなのだ。事件の真相は、想像がついた。

 けれど、証拠がない。


「僕が探しに行く。君は弁護の席で時間を稼いでくれ」

「無理だよ、その足じゃ」

「這ってでも行くと言ったはずだ」

「せめて仕事を逆にしよう、私が証拠を探しに行くから、アンタが弁護して時間稼いで」

「無理だ。君にはまだ土地勘がない。判決が出てしまうまでに駆けずり回って証拠を見つけるのは、ちょっと現実的じゃない」

「それは……、そうだけど」

「明日は協力して頑張ろうね」

 ちょうど、家についた。中から、晩御飯のいい匂いがする。


 明日、まりあは一人で法廷に立つ。

 不安だけど、頑張ろう。

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