第47話 黒い犬

 犬はだっ、と地面を蹴って、シャルルに飛びかかった。

 鋭い牙がシャルルの左手首にざくりと食い込む。


「ぐっ!? 何事だ!?」


 シャルルは一瞬焦ったものの、すぐに体制を立て直して空いている右手で拳を握り、犬を殴った。きゃいん、と悲鳴をあげると、犬はいったん攻撃をやめて距離を取る。


 ぐるるるる。低い声でうなりながら、犬はシャルルを狙う。

 大きな犬だ。多分雑種犬。ラブラドールレトリーバーに近い姿をしている。

 牙をむき出しにした犬が再び飛びかかる。今度は足を狙うつもりのようだ。

 犬はぎゅっと距離を詰め、一気に太ももに食らいついた。シャルルは再び、握りこぶしで力任せに犬を殴った。重い一撃に、犬はまた距離をとって様子を伺い始める。

 シズは、ただただ青い顔をしてその様子を見ている。


「貴様の使い魔か!」


 シャルルはシズをにらみつけると、その首につかみかかった。突然のことに固まっているシズは、されるがままだ。

「あ、ぐ、違い、ます……っ」

 犬が飛びあがった。シズの首を掴むシャルルの手首に、思い切り、ごりっと骨が削れる音がしそうなほどに、強く嚙みついた。


 その様子を見ながら、まりあは思う。

 もしかしてこの犬、シズのことを守ろうとしている?

「彼女を離して!」

「なんだと」

「いいから!」


 犬の扱いなんかわからない。どうやって落ち着かせればいいんだろう?

 まりあは、シャルルの手首をぎりぎりと噛み続ける犬を、そっと抱きしめた。

「心配しないで。彼女のことは、必ず助ける」

 短い毛におおわれた体は、温かい。

 理由はわからないが、この犬はシズのことを案じているに違いない。


 シャルルの手から口を離した犬は、今度はまりあの肩に噛みついた。

 しかし、まりあは手を離さない。犬を強く抱きしめたまま、ぎゅっと、鼓動を感じることができるほどに抱きしめながら誓う。


「約束する。処刑させたりしない。魔女じゃないんでしょう?」

 犬は一度小さくうなったかと思うと、まりあの肩から口を離し、スーッと煙のように消えてしまった。

 どうやら納得してくれたらしい。


「もう大丈夫みたい」

「なんだ、今のは」

 呆然とした様子で、血の流れ出る傷口を抑えながらシャルルが聞いた。

「今の犬、シズさんのこと守ろうとしてるみたいだった。アンタが拷問だのなんだのって言うから、敵だと思われたんじゃない?」


 しかし、二人の反応は意外なものだ。

「い、犬? なんのことですか?」

「そんなもの見えなかったぞ。貴様には見えていたのか?」

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