第46話 被告人シズ

 その被告人は、青い顔でうつむいていた。

「あ、あの……、さっきの人は大丈夫だったんでしょうか……」

 目線、声色、言葉選び。どれをとっても嘘はない。この人は純粋にリリスを心配している。


 しかしシャルルは、そうは思わなかったらしく、強い口調で言う。

「しらじらしい。貴様が襲わせたのだろう」

「ち、違います! 私は、そんな……」

「魔女の言うことを信用できると……」


 まりあは我慢できずに遮った。

「黙って! 私が話すから!」


 こほん、と咳ばらいをして仕切りなおすと、まりあは自己紹介をした。

「さっきの弁護人の助手の、まりあです。よろしく」

「ですから、あの、弁護は必要ありません。私は、魔女、ですから。裁判も必要ないくらいです。早く、私を処刑してください」


 嘘だな。


 まりあにはすぐわかった。

 彼女は心にもないことを言っている。

 声が震えている。本当は死ぬのが怖いはずだ。

 死ぬのは怖いが、なにか事情があって自分は魔女だとうそぶいて、助けは不要だと言っている。そんなところだろう。


 高圧的な調子で、シャルルは言う。

「裁判は必要だ。だが、貴様が協力的であるのならば早く終わらせることはできる。盗んだ死体をどこへやった? それさえ言えば、すぐに終わらせてやる」


 すると、シズは目を泳がせて慌て始めた。

「そっ、それは、言えません!」

「なぜだ。悔い改めたから、罪を告白したのではないのか。盗んだものは返すべきだ」

「む、む、む、無理、です」

「場合によっては拷問をしなければならなくなる。それでも言えないか」

 シズはそっと目を閉じ、自分の体を抱きしめた。怯えているのが誰の目にも明らかなのに、確固たる口調で言う。


「お答えできません」

「しらを切ってもいいことはないぞ」

「お答えできません」

「悔い改めれば天国へ行ける。救いはある。思い悩むことはない。すべてを告白するがいい」


 その言いように、まりあはむかむかと胸が悪くなるのを感じた。

 神様の言う通りにしていれば天国へ行ける? 冗談じゃない。

 さらに尋問を重ねようとするシャルルを、まりあは止める。


「黙って。私も聞きたいことがある」

 明らかに、彼女の自供は嘘だ。

 彼女は魔女ではない。

 けど、死を選ぶしか選択肢がない。そんなところだろう。


「本当に盗んだの?」

 シズは、機械的に、反射的に、あっさりと答える。

「私がやりました」

 まりあの耳にはこう聞こえる。「こう答えるしかありません」、と。

 間違いなく、彼女はなにかを隠すために、嘘の自供をしている。

「やってないけど、そうやって嘘をつかなきゃいけない事情がある。私は、そういう方針で動くことにする。必ず助けるから」


 シズは首を横に振った。

「いけません。余計なことをしないでください。放っておいて!」


 シャルルが口を挟んだ。

「そういうわけにはいかん。盗んだ遺体は返せ」

「だから、ダメなんです……!」

「ならば、裁判の日には拷問をせねばならん」

「それでかまいません! だからこれ以上この件を調べないで!」


 狭い部屋の中でこだましたその声の残響が消えないうちに、新しい音が聞こえた。

「なに? この音」


 ぐるる、と地の底から響くような、低い音。獣のうなり声みたいだ。


「なんのことだ?」

 シャルルはとぼけた顔をしている。

「聞こえないの?」

 音の出どころを探して目線を走らせる。

 狭い面会室の中、探すところはさしてない。


 いた。


 それは、シズの座っている椅子の傍らに、身を低くして、今にもこちらに飛びかからんばかりの戦闘体制をとっていた。


 黒い犬だ。

 トミーが見たって言う、黒い犬だ。

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