第43話 カサンドラの占い

「と、いうわけでさ、リリスが今どんな事件を担当してるのか見てくれない?」


 まりあはカサンドラの店を訪れて、相談をしていた。

 元の世界とこちらの世界の違いに戸惑うことがあったら聞きに来い、と言ってくれたから、アテにすることにしたのだ。

 今朝、リリスは郵便で仕事の通知を受け取ると、そそくさと一人で出て行ってしまった。「絶対に首を突っ込まないでくれ」と強く言わているが、従う気はない。


 この前のお礼に、とまりあが近くの店で買ってきたマフィンをかじりながら、カサンドラはあきれ顔だ。


「しかし、お前さんも物好きだねえ。危ない目にも遭ったことだし、クビだってんならわざわざあんな、胸糞悪くなるような仕事しなくていいだろうが」

「やっぱあなた十歳は無理があるって。なんでそんなに達観してるの?」

 カサンドラはかわい子ぶりっ子の満面の笑みを一瞬だけ浮かべた。

「んー? ボク子供だから難しいことわかんなーい!」

「こいつめ……」

「それはさておき、好き好んで関わることはねえって言ってるんだよ。スルーしろ。穏やかに暮らせ。今までしんどかったんだろ? 世間一般的な暮らしってのを楽しむ休息を得て、なにが悪い?」

「それじゃ嫌なの。ね、お願い」


 小さくため息をつくと、カサンドラは軽く笑った。

「ま、お代さえ払ってくれるんなら俺はなんでも見るぜ。一回十モンだ」

 幸い、お金はある。

 服を買うつもりで前借した給料を、誘拐騒動のせいで使いそびれたからだ。

 リリスからは、真ん中に穴の開いた小銭に、紐を通してまとめたものを渡されている。

「えーと、一枚一モン?」

「そうだ。だから、十枚」

 紐から十枚を抜いて、カサンドラに渡す。

 小銭を受け取ると、パクパクと手早くマフィンを食べきり、カサンドラは水晶玉に手をかざして中を覗き込み始めた。


「あー……。墓場泥棒の事件だな。被告人は墓守をやってる女の子。お前さんよりちいと年下くらいか。埋められていた棺から遺体が消えたって話だ」

 じいっと水晶を覗きながら、カサンドラはぽつぽつ語る。

「お前さんの所じゃ火葬が一般的だろうが、こっちじゃ土葬が普通だ。縦長の棺桶に遺体を寝かせて、そのまま埋める。で、埋めたはずの遺体が消えてた、って騒動なわけだ」


 ふむふむ、うーん、と水晶玉を覗きながら、カサンドラは興味深げにうなずいている。

「なーんかややこしそうな話だな」

「なにが見えてるの?」

 こほん、と咳ばらいをすると、カサンドラは水晶玉から目を上げた。

「まず、大前提として墓場泥棒は重罪だ」

「うん。それくらいはわかるよ」

「でもって、人間が死体を盗む動機はほぼ一択。犯人が魔女で、儀式に使うからだ」

「なるほど。それで魔女裁判が開かれると。……、でも、なんでその墓守の女の子が疑われてるの?」


 憐れみを込めた表情で、カサンドラは言う。

「真面目な仕事ぶりが祟った感じだな。被告人は、毎日欠かさず見回りをし、墓地に細かく気を配っていた。被告人の目を盗んでの盗みはほぼ不可能だ。で、逆説的に墓地の管理人の立場を利用すれば盗みが可能、っていう話だな」

「うわ、かわいそう……。でも、泥棒だって隙をうかがって盗むわけでしょ? どこかに盗みが可能な隙があったって事なんじゃないの?」

「それはない」


 カサンドラは断言した。

「同様に消えている遺体が十七件もある。目を盗んでの犯行にしては大胆すぎる」

「十七!?」


 カサンドラは水晶玉に手をかざし、さらに目を凝らす。

「遺体が消えたと発覚したとき、最初は魔女じゃなく吸血鬼が疑われていたようだな」

「吸血鬼って……。血を吸うやつ? ほんとにいるの?」

「おっと、お前さんの故郷にはいないんだったか。こっちにはいるぜ? 吸血鬼に血を吸われて死んだ者も吸血鬼になる。一度出ると増えるから大変なんだ」

「へー……」

「で、吸血鬼対策のヴァンパイア・ハンター……お前さんにもわかりやすく言うなら、駆除の業者みたいなもんが来て、調査を行った。その結果、他にも空の棺が出た上に、吸血鬼の痕跡は見当たらなかった。だから、魔女の仕業っていうこったな」

 そんな害虫みたいなノリなのか、吸血鬼って。

「毎日マメに働く墓守から、そんなにもたくさん盗めるか? 無理だろ? だったら墓守本人が立場を利用して盗んだ、って見るのが妥当だ」

「それだけでそんなに疑うなんて……」


「理由はもう一つある」

「なに?」

「今回、墓泥棒が発覚した理由だ。空っぽだった墓の主の夫が「ベルの音を聞いた。だから墓を掘った」と証言している」

「ベル?」

 カサンドラは、「おっと」と話を中断した。

「お前さんにはなじみがないかもしれねえが、こっちじゃ墓にベルをつけるんだ」

「なんで?」

「土葬にした死人が、実は死んだってのは医者の誤診で眠ってただけで、墓の下で目を覚ますことがあるからさ。そんな時、棺の中に伸びてる紐を引っ張ってベルを鳴らし、生存を外へ知らせる」


 お墓の形式一つとっても、こんなに知らないことがある。こっちの世界になじむのは、なかなかに大変かもしれない。

「そうなんだ。そのベルが鳴ったってことは、鳴らした人が中にいたって事? でも、棺は空だったんでしょ?」

「そう。そこが問題。検察側の見解は「墓を荒らされて安息を妨害された霊魂が、悪事を暴くために鳴らした」ってことになってるが……」

「幽霊のお告げかぁ……」


 怪談話としてなら、よくできてる。

 でも、裁判で語るにはちょっとあんまりじゃないだろうか。

「ま、言っちまうとベルの音は鳴ってない。俺が見た限りではな」

「え、じゃあ、「鳴った」って言ってる人は嘘をついてるって事?」

「それはわからない。嘘かもしれないし、幻聴かもしれない。だが、問題はそこじゃない。被告人の女の子は、「ベルの音を聞いた」と言って墓を掘ろうとする第一発見者を、必死で止めようとしていた。だから、疑われている。墓の下で生きている人間を無視するような真似、まっとうな墓守ならするはずがない。掘られちゃまずいと、最初からわかってたんだ」


 確かに、それは不自然だ。

 ベルの音を聞いた、という報告があったのなら、たとえそれが聞き間違いだったとしても掘るべきだ。命にかかわることなのだから。

 それを止めた? 掘らなければ、土の下で目を覚ました人は今度こそ本当に死んでしまうのに?


「いやー、難事件だな」

「……、待って。全部あなたに見てもらえば解決するんじゃないの?」

 真相や経緯を、カサンドラなら言い当てられるんじゃ?

「なんでもかんでも楽しようとするのはよくないと思うぜ。これだから最近の若者は」

「あんたの方が年下だっての。人の命がかかってるの。楽できるところはするべきだよ」

「馬鹿言うな。仮に俺が全部を見たとして、その証言が裁判で決定的な効力を持つと思うか? 当たるとはいっても、所詮は占いだぜ?」


 前回の裁判の時は、「占いでまりあが生贄にされるところを見た」とカサンドラは証言した。

 けれど、あの証言が有効だったのは、他にも状況が揃っていたからだ。あの証言だけでは、無理があっただろう。

「……確かに。ちょっと無理かも」

「ま、これ以上解像度をあげようと思ったら、お前さんの時みたく関係者の血が必要になって来る。どっちにしろこれ以上詳しく見るのは無理だ。あとは自力で頑張るんだな」


 そううまくはいかないか。少し落胆したまりあに、カサンドラは少々深刻な顔をしてみせる。

「今回の事件、ちょっとばかし難儀すると思うぜ」

「そうなの?」

「ああ。だって、被告人はすでに容疑を認めている。「私は魔女です」って自供してるんだ。裁判が始まれば、すぐにでも焼き殺されるだろう」

 まりあは、胃の腑がひゅっと冷えるような心地に襲われた。

 また、魔女が処刑される。

 また、あの光景を見ることになる。

 そんなのは、嫌だ。

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