第42話 消えた遺体

 墓守の少女シズは、頼りないカンテラの明かりを頼りに夜の墓地を歩いていた。


 恐ろしくはない。


 ここに眠っているのは、人生を終えて安らかな眠りについた隣人たち。

 墓守である自分には、彼らの安息を守る義務がある。


 恐ろしくはない。が、寂しくはある。


 少し前まで、夜の見回りの時は祖父と、愛犬と一緒に歩いていた。

 それが、今では一人だ。

 ひと月前に祖父が永遠の眠りについて、墓守の仕事を引き継ぎ、全て一人でやらなければならなくなった。バタバタと忙しくしているうちに、どういうわけか愛犬のグリムは姿を消していた。

 どこへ行ってしまったのだろう? グリムはずっと一緒だと思っていたのに。


 さく、さく、さく。


 音が聞こえて、シズは足を止めた。

 聞き覚えのある音。

 湿った墓場の土をシャベルで掘り起こす時の音だ。


 ひゅっ、と心臓が縮こまる。

 なんとかしないと。


 夜の墓地にはこの世の理から外れたものが出てくることがある。と、祖父が言っていた。

 死肉や骨を食らうグール。棺から起き上がる吸血鬼。そして、魔女。

 中でも魔女に一番気をつけなけれないけない。グールや吸血鬼には魔除けの類が有効だけれど、魔女はそもそもが人間なのだから、十字架もニンニクも踏み越えられてしまう。

 魔女は、墓場から遺体を盗み出し、骨を怪しげな儀式に使うらしい。

 安らかに眠る隣人の遺体を、そのように辱められることなど、あってはならない。


 さく、さく、さく。


 音のする方へ、シズは急いで走る。

 暗闇の中だが、道に迷ったり躓いたりすることはない。

 この墓地はシズが生まれた時から出入りしている場所であり、庭のようなものだ。

 今日は満月。ほのかな月明かりがあたりを照らし、うっすらと世界の輪郭を縁取っている。


 恐ろしい。

 この世ならざる者が、墓を暴こうと土を掘り返している。

 止められるだろうか。

 シズは胸から下げている十字架のペンダントを握りしめた。

「そこで何をしているのです」

 声をかけると、音はやむ。


 墓を掘っていた人影は、シズの方を向いて言った。

「女房が生きてるんだ」

 そんな、まさか。そんなはずは。

 月明かりの中に見えたのは、今まさに暴かれている墓の主の、夫だ。確か、名前はデイブ。

 ひと月と少し前。祖父が死ぬ前に最後に出した葬式の喪主だった人だ。

「いけません! 掘り返してはいけません!」

「なんでだ! 女房は生きてるんだ!」

 シズはデイブを止めようとその肩に手をかけたが、デイブはシズを突き飛ばして作業を続行する。


 さく、さく、さく。


 いけない。墓を暴かせてはいけない。

 何度も、シズはデイブを止めようとする。しかし、大の男には敵わずに止めきれない。


 さく、さく、さく。


 土が掘り返されていく。

 カツン。

 ついに、シャベルの先が棺に当たった。

 デイブは大急ぎで土を払い、打ち付けられた釘を抜き、蓋を壊さんばかりの勢いで、棺を開けた。

「なっ……!」

 ありえない光景に、デイブは目を見開く。


 棺の中にはなにもなかった。


 空っぽの棺を目にしたデイブは怒り出す。

「女房はどこだ! なんで! なんで! これはどういうことだ!」

 自分は、墓守失格だ。

 その場で膝をついたシズに、デイブは怒鳴る。

「まさかお前が盗んだのか!? 墓守の立場を利用して墓泥棒してたのか!?」

「ち、違います!」

「じゃあ説明しろよ! 女房は、アンジェラはどこへ行ったんだ!」

 もうどうすることもできない。

 シズはただ、口をつぐむことを選んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る