墓場から消えた死者
第40話 来客
朝食を食べているとドアをノックする者があった。
するとリリスはすぐさま席を立ち、逃げるように自室へ引っ込んでいく。
「いないって言っといて」
それに「はいはい」と返事をしながらバーバラが玄関へ客を迎えに行く。
「あらシャルルおはよう! 今日もいい朝ね」
食卓からでは見えないが、声が聞こえてくる。どうやら来客はシャルルらしい。
「おはようございます、マダム・バーバラ。朝早くに申し訳ない」
「もー、そんなにかしこまらなくていいって言ってるのに」
「いえ、そういうわけには。リリスはいるだろうか?」
「いないって言ってるわ」
まりあはひやりとした。そんな言い方では、本当はいると言ってるようなものだ。
しかしシャルルは、残念そうに舌打ちをする。
「今日もですか。逃げ足の速い奴だ」
嘘でしょ、今の信じたの?
まりあは思わず笑ってしまいそうだった口を手で押さえた。
「まあいい。それと、天草まりあにも用があるのですが……」
今度は、思い切り口から声が出てしまう。
「げ」
正直まりあはシャルルのことが好きではない。
初対面で串刺しにしてきたし。危うく殺されるところだったし。偉そうだし。事あるごとに火炙りだって言いだすし。いまだに魔女だって疑ってくるし。偉そうだし。
なにより、宗教にどっぷり浸かっている言動が苦手だ。あんまり関わり合いになりたくない。
「ちょっと待ってね」
バーバラが戻ってきた。どうしよう。
「まりあちゃーん、シャルルがあなたに用事なんですって」
できれば、仕事以外で顔を合わせたくはない。
少し迷って、眼を泳がせながらまりあは答えた。
「えーと……。い、いないって言っておいてください」
シャルルはおとなしく帰った。驚きの騙されやすさである。
「まさか信じるとは……」
自分で言っておいて、まりあは唖然としてしまった。
バーバラが「まりあちゃんもいないの。ごめんなさいね」と言うと、シャルルは疑うふうもなくあっさり信じ込んでしまったのである。
いないならなんで一回呼びに戻ったのか、とか考えないのだろうか。
「シャルルは、なんていうか、こう……。度を超えて素直だから……」
来客が去ったのを察知して食卓に戻ったリリスも、若干あきれ顔である。
「聖書の話とか神様の話とか、疑ったことないんじゃないかな。神様が言うなら間違いないって鵜呑みにして信じ込んじゃうんだ」
「なるほど。それであの火炙りモンスターが生まれると」
「ま、ごまかしやすいから僕は助かってるんだけどね。いくらでも大嘘がつき放題だ」
あっはっは、とリリスはあっけらかんとしているが、笑い事ではない。
「そんなのが裁判官やってるのはちょっと問題なんじゃない?」
「わかる。僕もそう思う」
ギョロリタケをたっぷり挟んだサンドイッチをほおばる。ポロリと目玉そっくりの笠が飛び出してきたので、慌ててつまんで口に入れる。おいしい。見た目はアレだが、味はシイタケに似てる。
もー、とバーバラが口を挟んだ。
「よくない気質だと思うなら指摘してあげなさいよ。先輩でしょ」
「馬鹿言っちゃいけない。彼がおとなしく僕の言うこと聞くわけないだろう。転職を勧めたことはあるけど、喧嘩になっちゃった」
「あー……、そうね」
どこか納得した風で、バーバラは頷いた。その様子がちょっと意味ありげだったので、まりあは気になってしまう。
「どうして?」
「この二人、すっごく仲が悪いのよ」
「え? そうなの?」
言い争っているところはよく見かけるけど、それも仕事上で立場が対立するからだと思っていた。
いや、思い返せば、裁判所以外でリリスとシャルルが話しているところをあまり見かけない。
リリスはシャルルの気配を感じ取るとすぐどこかへ逃げ込んでしまうからだ。
「そういえば……。リリスってもしかしてシャルルのこと避けてる? 嫌いなの?」
「違う違う。向こうが僕のこと嫌いだから、適切な距離を保ってあげてるだけだよ」
「それを避けてるって言うのでは……」
「しかし、用事か。なんだろう。シャルルは融通が利かないし頑固だから、用件が済むまではしつこく訪ねてくるだろう。毎回バーバラに対応してもらうのも悪いし、折を見てこっちから訪ねた方が無難だな」
「うわ、ヤダな。どんな用事だろう?」
「さあ。僕はいくらでも怒られる心当たりがあるけど、まりあにも用があるとなると……。なんだろう?」
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