第38話 処刑

 被告人を捕えた荊は、二人の両手を吊るし、両足をくくってまとめ、まるで十字架のような姿勢に固定した。

 黒い鉄のようだった荊が、だんだんと赤くなる。燃えているのだ。業火に苛まれた二人は、苦悶の声をあげた。


 声をあげようとしたまりあを、リリスが制止した。

「これは、やらなければいけない。止められないし、止めてはいけない」

「そんな……」

「法によって決められた刑罰なんだ。君の世界の基準とは違うかもしれないが、受け入れてくれ」

 二人の罪人を縛る荊は、どんどん燃えていく。地獄の釜の炎だって、こんなには強く燃えないだろう。

 灰が飛び、熱風が吹きつけてくる。


「処刑人、仕事だ」

 シャルルが合図を出すと、どこからともなく返事が聞こえる。

「はあい」


 現れたのは、小さな女の子だ。

 幼稚園くらいの年齢。お人形さんのように白い肌と、よく手入れされたシルバーブロンドの髪に、真っ黒な喪服のようなワンピースがよく似合う。その背中には幼女には不似合いなほどに大きな鎌を背負っている。


 その少女は、二人の前に進み出て名乗った。

「こんにちは。しけい、しっこーにん、のパトリシア、です。痛くしないように頑張るから、じっとしててね」

 一瞬驚いた表情を浮かべた魔女は、うっすら笑った。


「ずいぶんかわいい死神さんね」

「ううん、リジーは死神じゃないよ。しけいしっこーにん」

「小さいのにこんな物騒なお仕事してるの?」

「ぶっそう? ってなに?」

「こわいって事よ。悪い人を地獄へ送る仕事なんて、子供がやるものじゃないわ」

 小さな女の子は、首を横に振った。

「ううん、違うよ。地獄行きじゃないよ。えーっとね、ちゃんと裁かれて罰を受け終わった魔女は、天国へ行けるんだよ」


 男は、切実そうな顔で、幼子に問いかけた。

「それ、本当かい?」

「ほんとだよ!」

「ねえ、シスター。天国であの子たちに会えるかな?」

 魔女は憑き物が落ちたような顔で微笑んだ。

「会えるといいわね」


 その一瞬、まりあにはなにが起きたのか見えなかった。

 瞬きの間に、ひゅっと風を切る音がしたような気がしただけだった。

「おしごとおわったよ」

 パトリシアと名乗った女の子は、何事もなかったような顔でシャルルの所へ歩いて行った。


 まさかと思って処刑台の二人に目を戻すと、うっすら微笑んだまま死んでいる。

 二人の首には、鋭い刃物で一閃されたような一直線の傷跡があり、そこからかすかに血が垂れていた。






 悪魔は魔女と契約するときに、その証として魔女の体に紋様を刻む。らしい。

 聖なる力の炎で魔女を火刑に処して、体ごとその紋様を破壊すれば契約の対価に持って行かれた魔女の魂を開放することができる、らしい。

 死後に魔女が地獄で悪魔に苛まれるのを防ぐ手段はこれしかない。らしい。

 火炙りで殺すのは苦痛が強いため、楽に死ねるように首切り役人を配置している。らしい。


 リリスの説明を受けても、二人の人間が焼き殺される様を見てしまったこと、それが正しいとまかり通っているということが呑み込み切れなかった。

 ぼーっとしたまま家路につき、普段の半分も夕食を食べられなくてバーバラに心配され、眠れないまま居間でぼんやりしていると、ふいにあたりが明るくなった。

 日が沈んだのにも気づかないままぼんやりしていたことに、そこでようやく気付く。


「灯りをつけないと目が悪くなるよ。眠れないの?」

 ランプを持ったリリスが外から帰ってきたところだった。

「こんな時間までどこ行ってたの?」

「処刑された二人をお墓に入れる手続きをしてきた。もうすっかり灰になってしまったよ」

「そっか……」

「相当ショックだったようだね。彼らは極悪人だ。死んで当然とは思わないの? 怖い思いをしただろうに」


 リリスはランプをテーブルに置くと、まりあの前に座った。話をしていくつもりらしい。

「それはそれ、これはこれ。地元とこっちの価値観の違いに、カルチャーショックを受けてるんだよ」

「そんなに違うの?」

「私のいたとこでは……、神様がそう定めた、なんていう理由で人殺しをする人は異常者だったよ」

「ごめんね。ここでは普通なんだ」


 カサンドラが言っていたことが、今更になって腑に落ちる。

 ここの法律は、宗教と神様を基準に作られている。


 じっとリリスがこっちを見ながら言った。

「少し考えたんだけど、話がある」

 様子をうかがうような、こちらを試すような目。


「君はクビだ」


 静かに、きっぱりと告げられた。

 まりあは呆然として、一瞬間をおいてから慌てた。

「どうして!?」

 急に言われて納得できるはずがない。

 リリスは、まりあの目をじっと覗き込みながら、ゆっくり噛んで含めるように言う。


「断言するけど、今日のような光景を……。魔女が処刑される様を見る日は、間違いなくまた来る。本物の魔女の被告人がこの先もう現れない、なんてことはあり得ない。……ごめん。もっと早く気づけばよかったね。君はこのまま僕の助手を続ければ、確実に心を壊す。君の倫理観はこの世界の正義を許せないだろう」

 温度を感じさせない爬虫類の目に、揺るぎはない。

「安心して。別に仕事をやめるからって追い出したりはしない。バーバラの手伝いとか、しててくれればいいから。バーバラはむしろ、大助かりだって喜ぶだろう」


 予想外の提案だった。

 少しの間固まっていたまりあだったが、一拍置いて答えた。


「辞めないよ」


 不思議なほどに、他の答えは思い浮かばない。

「私、人助けがしたくてここへ来たんだから」

 小さな白蛇に救いを乞われて、うなずいた。求められた救いに応えたかった。まだ終わりにはできない。


「ダメだ。認められない。君が今、どんなに酷い顔色をしているか、鏡を見てから言いなさい」

「私は大丈夫、だよ……!」

「そんなはずはない。君はひどいショックを受けている。もう、魔女裁判には関わらない方がいい」

「は? アンタが助手やれって言ったんでしょ?」

「本物の魔女すら弁護するようなお人よしだとは思ってなかったんだ」

「私がおかしいっていうの!?」

「この世界ではおかしいんだ。魔女の死にまで心を痛めていたら、確実に病んでしまう。そんな人を裁判の席に連れていけない」

「意地でも辞めないから」


 二人がにらみ合っていると、奥の部屋からバーバラが現れた。

「どうしたの、二人で夜更かし?」

 バーバラは、まりあとリリスの顔を見比べて、ただならぬ雰囲気を感じ取ったらしく、困ったように笑った。

「喧嘩したのね。ひとまずお夜食出しましょう。お腹がすくと気が立っちゃうから。まりあちゃんも、さっきはちょっとしか食べなかったから、おなか減ったでしょ?」

 そう言われると、途端におなかがへった気がする。いつもより少ないとはいえ、食べたと言えば食べたはずなのに。

 来た当初は多すぎると思っていたご飯にも、体が慣れていたらしい。

 夜食をお腹に入れると、確かに気分は少し落ち着いた。


 けれど、納得はいかない。

 自分は絶対、間違ってない。

 辞めてなんかやるものか。

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