第37話 罪の定義
ちょっと待ちなさい。と口を挟んできたのはリリスだ。
「無理だよ。僕らにできるのは憐れむことだけ」
「私たちが弁護するんじゃないの?」
「冤罪であるのならばやりようはあるけど、本当の罪からは逃げられない」
「罪って。だから、未遂だって言ってるじゃん」
「彼女は魔女だ。それも、かなりの年月を悪魔のしもべとして生きているだろう。今回は未遂に終わったけど、そうじゃない件も山ほどあるに違いない」
「なにそれ。魔女だからって、よそでも犯罪しまくってるって決めつけるの? その現場見たの? 証拠はある? 濡れ衣でしょ?」
静粛に、とシャルルが木槌を鳴らした。
「お前は、魔女をかばうつもりか。それならお前も魔女の仲間だと疑わざるを得ない」
「かばうもなにも、弁護するのがこっちの担当なんじゃないの!?」
少し固まった後、シャルルはため息をついた。
「リリス。もしかしてお前、今回の争点を説明してないのか」
気まずそうに逡巡した後、リリスは頷く。
「うん、ごめんしてない。まさかそこが食い違うとは思わなくて」
「なんの話?」
「今回の裁判の争点は、誘拐殺人未遂ではなく、悪魔との取引があるか否か、っていうことなんだよ。誰も殺していなくても、悪魔と取り引きをした本物の魔女であれば、火炙りだ」
「どうして!」
納得がいかなくて、まりあは叫んだ。
眉一つ動かさず、シャルルが答えた。
「彼らを許すか? それは立派なことだが、お前が許しても神と法が許さない」
「許すとか許さないとかじゃなくて、死刑になるほどの犯罪はやってないって言ってるの! ……少なくとも、今わかってる範囲では!」
「彼らの企てた計画がうまくいったらどんな被害が出たか、聞いたのだろう。それを見過ごすことはできない」
カサンドラに聞かされた未来は確かに恐ろしかった。すべてが壊れ、みんな死んだ。
でも、あの光景にばかり囚われて、この人たちを殺してめでたしめでたしにするのは絶対違う。
「運命は変わった。あの未来は来なかった。起こっていない出来事で被告を裁くのは、すごくアンフェアだよ」
「そうだな。これがただの誘拐殺人未遂であればお前が正しい。だが、被告人は魔女だ。魔女は裁いて火炙りにしなければいけない」
「宗教上の決め事ってやつ?」
「その通りだ。悪魔とその眷属は裁かねばならぬと、神が定めた」
「神様が言うなら道理を曲げるってこと? 私そういうオカルト理論大嫌い!」
「神に唾を吐くつもりなら、お前も改めて裁判にかけなければいけない。お前の嫌疑が完全に晴れたわけではないのを忘れるな」
「今度は脅し? ずいぶんやり手の裁判官だね!」
「裁判に関係のない発言はするな! 静粛に!」
「はぁ? なにが静粛によ! 引っ込め火炙りモンスターめ!」
ぽん、と肩に手が置かれて、頭に血が登っていたまりあはふと我に返った。
「二人とも落ち着いて。彼が、なにか発言したそうだ」
リリスが手で示した先には、共犯者の男がいる。
男は、静かに涙を落としながら泣いていた。
「ジャン? どうして泣いてるの?」
「あの子、昔のシスターに似てる」
「なにを言ってるの?」
魔女はうろたえている。
「シスターも、俺達が町で泥棒だって疑われた時、ああやってかばってくれた。俺、あの子をごまかすようなことはしたくない」
魔女の共犯者ジャンは、涙を落としながらすすり泣きを始めた。
「ありがとうね、お嬢さん。俺も、ずっと彼女の味方、したかったんだけど、上手にできないまま、こんなところまで来ちゃった。俺はここに、罪を認めます。俺は地獄に落ちて当然の人間です」
唖然とした顔で一瞬ぽかんとした後、魔女は怒り出した。
「あなたに罪なんかないわよ! なんでそんなこと言うの! 全部私がやったんだから!」
けれど男は、満足そうに笑っている。
「ありがとうシスター。俺達のこと、見捨てないでいてくれて」
魔女は黙って首を横に振った。その目にも、うっすらと涙が膜を張っている。魔女は、男に縋りついてその場にしゃがみこんだ。
「いいえ、いいえ。逆なの。あなたが私を見捨てなかったのよ。私がろくでもない人間になっちゃったの、わかってたでしょ?」
「違うよ。あなたは俺たちのために頑張ってくれたんだ。神様が許してくれなくても、シスターには俺がいるから。もう、苦しむのは終わりにしよう」
魔女は、また彼の言葉を否定する。
「終わりになんてならないわ。私の魂は悪魔の手中にある。地獄で悪魔に仕える日々が始まるだけ。今までとさして変わらない」
カツン、と木槌が鳴った。
冷徹な調子でシャルルははっきりと告げる。
「今の発言、自白と捉える」
荊の檻が蠢動を始めた。
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