第33話 魔女に立ち向かう方法

 そもそも魔女とは。

 悪魔と契約を交わし、望みを叶えてもらったり、魔法の力を授けてもらったりする代わりに、その魂を対価として悪魔に渡し、服従を誓った人間のことを言う。らしい。


 悪魔に対して魔女が行う儀式は大きく分けて二種類。


 一つに、悪魔を呼び出して契約を結び、魔法を得るための召喚の儀。方法はいろいろあるが、血で地面に魔法陣を描くのが一般的。


 もう一つ、すでに契約している悪魔にコンタクトを取り、供物を捧げる生贄の儀式。悪魔への忠誠の証として生贄を供する場合と、大きな力の行使を頼む代わりに生贄を捧げる場合がある。


 今回行われようとしているのは後者の、生贄の儀式のはず。黒い魔女は、明らかに人間には不可能な速度でまりあを追ってきた。すでに悪魔と契約済みで魔法の力を得ているに違いない。と、いうのがリリスの見立てだ。


 まりあは教会を出て一人歩く。

 リリスが言うには、今現在、おそらく魔女は三つのことを天秤にかけている。

 まりあが教会に逃げ込んだということは、聖職者に通報された可能性が高い。そのリスクを取ってでも、生贄狩りを続けるか。

 それとも、このまま手土産もなく逃げ帰って主人である悪魔に叱責されるか。この場合、悪魔の機嫌が悪ければ殺される可能性もある。

 一番の安牌は、ターゲットをまりあから別の誰かに切り替えるか。

 おそらくは一番目の、生贄狩り続行を選ぶはず、らしい。魔女というのは執念深いものなのだそうだ。特に、今回のような事前に下調べをして計画的な誘拐をもくろんでいる場合、よほどのことが無ければ計画は変更しない。


 そんな時、無防備に獲物が現れたら間違いなく食いついてくるにちがいない。

 要は、まりあを囮にすれば、魔女を誘い出して捕まえることが可能ということだ。

 まりあは努めて、なんでもないような顔をして歩く。

 視線を感じる。間違いなく、魔女がこっちを見ている。


 これが刑事ドラマやスパイ映画だったら、小型無線機で「こちらまだ異常ありません。どうぞ」とかできるのに、とない物ねだりがしたくなってしまう。

 それこそ、携帯電話でもあればいいのに。それなら110で全てが解決する。この場合って、通報したら誰が来るんだろう。エクソシストかな? いや、まだ誘拐事件は起きていない。影を見た、というだけだ。占いで殺されるって出たんです、なんて通報しても取り合ってもらえないだろう。


 今わかっていることは三つ。


 魔女はまりあを縛り上げ、眠り薬で自由を奪って誘拐する。

 魔女には協力者がいる。まりあを誘拐した後、馬車を操縦していた男だ。

 魔女はまりあの心臓を抉り出すために、鋭い凶器を持っている。警戒しなければいけない。


 心臓がバクバクする。緊張感で嫌な鼓動が止まらない。

 作戦は立てた。けど、うまくいくだろうか。

 まりあは、わざと人気のない道へ入った。

 背後に人の気配を感じる。


 来る。


 カサンドラに予言された通り、頭に袋をかぶせられた。ガサガサする麻の布袋だ。

 視界が突然消えて、心臓が縮こまる。

 しゅるりと紐の音が聞こえる。まりあはリリスに教えられた通り、縛られる前にもがくふりをして背中で腕をクロスさせた。こうすれば、体と紐の間に余裕ができて、縄抜けが可能らしい。


 それに、セーラー服の袖の中には、あらかじめ小さなナイフを仕込んである。いざという時はこれで縄を切ればいい。

 しかし、こちらが冷静すぎても不審がられる。


 まりあはなにも知らないようなそぶりで、悲鳴をあげようとした。お腹にパンチが来るのはわかっている。衝撃に備えられれば、耐えられないほどではない。けれど、開いた口にはやはり猿轡がかまされた。


 ここが最初の難関だ。この後かがされる眠り薬で眠らないようにしなければならない。


 対策として、あらかじめ鼻に丸めた布を突っ込んである。それに、ここに来る途中に市場で買ったとんでもなく辛いトウガラシを口の中に仕込んである。ひりひりするが、我慢だ。


 袋を被せられるのだから見つからないはず、という前提での作戦だ。今のところ、うまくいっているように思う。

 袋に液体を垂らされた湿り気を感じて、息を止める。鼻栓と唐辛子でどこまで耐えられるだろう?


 眠ったふりをして、体から力を抜く。どうか騙されてくれますように。

 祈りながらじっとするのは、なかなかにしんどい。ピクリとでも体を動かせば、怪しまれる可能性がある。

 幸い、トウガラシの辛みを通り越した痛みのおかげで、意識を失うのは免れた。


 息を吸って、吐く。

 寝息に聞こえるように、できるだけ深く。

 しばらくして、ようやく魔女はまりあが眠ったと確信したらしい。


 馬のいななきが聞こえた。魔女とまりあを回収するために馬車が来たのだ。

 魔女はまりあを抱えて、馬車に乗り込んだ。

 蹄の音と、車輪の音。車体が揺れるのを感じる。

 被せられた布越しに、魔女の手がまりあの頭を撫でている。本当に、愛情をもって子に接する親のように。そのアンバランスさにゾッと背筋が冷たくなる。


 思わず、ごくりと喉が動いた。

「……。あなた、もしかして起きてる?」


 バレた!? 心臓が跳ね上がる。


「そんなはずないわよね……? 確かに眠り薬を嗅がせたはず……」

 女の気配が近づいてくる。

 緊張と恐怖で、呼吸が漏れるのを止められない。

 もう限界だ。これ以上はごまかせない。


 まりあは思い切り、魔女を蹴り飛ばした。その隙に、クロスさせていた腕を元に戻して縄を緩めた。たるんだ縄が、体にまとわりつくのがまどろっこしい。

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