死の予言と魔女

第28話 お出かけ

 朝食の席で、バーバラが言った。


「今日はお仕事ないのよね? ちょっと買い物に付き合ってくれない? 今日は大通りで市場が開く日なの。食料を買い込みたいから荷物持ちを手伝ってほしくて。それに、まりあちゃんの服も買わなきゃでしょ?」


 まりあは、大きくて長い骨付きチキンを、どこからかじったものか持て余していた。

 昨日の夜からタレに漬けていたらしい、手の込んだこだわりの逸品だ。たっぷりと乗った脂がてらてら光る表面を、たくさんのハーブや食べられる花、刻んだナッツやドライフルーツがデコレーションしている。色とりどりの棒状チキンは、なんだか魔法の杖みたいだ。

 朝からがっつりチキンは重たいと思ったが、ハーブの香りが食欲をそそる。一口かじってみれば、ドライフルーツの酸味がジューシーな脂と軽やかに混ざり合い、いくらでも食べられそうだ。

 実際、テーブルの上の大皿には山のようなおかわりがある。パンとスープもある。毎度のごとく、食べきれるかどうか不安だ。残ってしまった分は弁当になったり、次の食事にアレンジレシピとして出てきたりするから無駄にはならないが、やはりお残しには抵抗がある。


「うん、行く」

 が、すぐに思いなおす。

「私、まだ給料出てなくてお金ないから、服はまた今度にするよ」


 着の身着のまま、手ぶらでこちらの世界に迷い込んだものだから、まりあの私物なんか着ていたセーラー服しかない。確かに欲しいものはいろいろある。

 リリスが言うには、給料は月末払いらしい。


「あら、いいのよそれくらい。こういう時は甘えておきなさい」

「い、いや。ただでさえお世話になってるから、これ以上はちょっと……」

「そういうことなら、一部前借ということで先に渡しておこう。百モンくらいあれば足りるかな?」


 リリスの提案は、正直助かる。

「こっちのお金の基準、わかんないよ。百モンってどれくらい?」

「だいたい三モンくらいで街の食べ歩きおやつが買える。よほどの高級品を選ばなければ、服はだいたい五十モンくらいかな? いや、女の子のおしゃれ着ならもうちょっとするかも……」

「うん、わかった」


 じゃあ、それでお願い、と言おうとしたまりあを、バーバラが遮った。

「もっといるわよ。部屋着とか靴とか上着とか……。鞄もあった方がいいかしら。手鏡も必要でしょう? 自分の櫛も欲しいでしょうし。髪油とか、ハンカチとか。あとは……」

 指折り数えるバーバラに、リリスが苦笑する。

「キリがなくなっちゃうよ。今回はひとまず、必要最低限のものを用意しつつ街の散策を楽しめばいい。土地勘がつかめれば、自分で気に入った店を探せるだろう?」

「それもそうね。表の市場も素敵だけど、裏路地にも隠れたいいお店がいっぱいあるし。ここが大きな街でよかったわ」

「じゃ、二人が出かけてる間、僕は昼寝でもしてようかな。行ってらっしゃい」


 なにを言ってるの、とバーバラがあきれた。

「あなたも来るのよ。荷物持ちくらい手伝ってちょうだい」

 げー、と嫌そうにリリスが顔をしかめる。

「言っておくが、僕はモンシロチョウより非力だぞ。なんの役にも立たないから遠慮なく置いて行ってくれ」

「大丈夫、あなたはやればできる人だって、私は知ってるんだから」

「信頼してくれてありがとう。いやー、それを裏切るのは心苦しいな」

「なんでそんなに来たくないのよ」

「君と出かけると、とんでもない量のかぼちゃを抱えて帰る羽目になるからだよ」

「いいじゃない。おいしいものがいっぱいあるのは素晴らしいことだわ。今日は三人もいるんだし、いつもより楽でしょ」

「今までは二人分だった食料を、今日は三人分買うんだろう? どうせ「まりあちゃんは若いからいっぱい食べるわよねー」とか言って、普段の四倍は荷物が増えると予言しよう」

「それもそうね。大きいバスケットが確か物置にあったはず……」

「しまった。余計なことを言ったようだ」


 まりあはパンを食べながら二人のやり取りを眺める。今日のパンは黒いすりごまを練りこんだ真っ黒なパン。クリームチーズで星型の飾りが散らされていて、夜空を食べているようだ。


 散歩しながらショッピングか。楽しみだな。

 うきうきした気持ちで、窓の外を見る。よく晴れた空は気持ちがいい。さわやかな風がカーテンを揺らした。

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