断章 悪夢

第27話 あんたさえいなければ

 また夢を見た。

 母さんに髪を切られている夢。

 今日は、蛇はいない。

 これは新しい記憶。逃げ出す直前、殺される直前の夢。


「ねえ、母さん」


 我が家はおかしい。

 それは確信していたけれど、おかしくなっていたとしても、両親は自分に愛情があるはずだと、自分に危害を加えたりはしないと、心のどこかで信じていた。


「この教団、畳むことってできないの? 私、神様の子供とか、そういうんじゃないと思うんだけど」

「いいえあなたは神の子よ」

 取り付く島もなく早口で母さんが言った。

「そんなはずないよ。私、普通の人間だよ」

「神があなたをこの世に遣わしたのよ」


 母さんの手にあるはさみが、まりあの髪を切った。

「この髪の毛だって、ただの髪の毛だよ。一万円の価値なんてない。詐欺だよ」

「いいえ神の加護が宿ってるのよ」


 この後どうなるかは知っている。

 母さんを説得することなんてできなかった。


「母さん! 私もう嫌だよ!」

 はさみの先端が、まりあの肩に突き刺さった。


「いっ……」

「我慢しなさい。あなたは特別な子なの」

 手心はくわえられなかった。容赦も躊躇もない。体重をかけて、骨にあたるほど深くはさみが突き刺される。


「あなたは神の子で特別な子だから他の子とは違うの。よその子がうらやましくなってしまうのなら、もう外へは出さないわ。学校もなし。隣の芝が青く見えるのなら、初めから見なければいいの」


 母さんの虚ろな目が怖くてなにも言えなかった。

「あなたは神の子。そうでないと困るの。今更嘘でした、なんてどうして言えるの?」


 母さんは正気なのかもしれない。まっとうな世間と狂った教団を天秤にかけて、こっちを選んでいるだけなのかもしれない。だって、普通の世間に出れば母さんは、外人とファックした不倫托卵女と呼ばれるのだから。


 恐怖にすくみながらまりあは思った。

 その証拠に、母さんはまりあを恨んでいる。


「冗談はもう言わないで。こんなことになってるのは、あんたが生まれてきたせいなんだからね。あんたさえいなければ、普通の幸せな人生だったのに」

 血の付いたはさみを肩から抜くと、母さんは散髪を再開した。


 しょきん、と耳元ではさみが擦れる音が、嫌に鮮明に聞こえた時、まりあは夢から覚めてがばっと起き上がった。

 体中が汗まみれで、息が上がっていた。

 窓の外を見る。まだ、月が明るい真夜中だった。

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