第21話 職場の人間関係

 次のアトリエへ向かう途中、街中を歩いているとリリスが急に足を止めた。


「げ」

「どうかした?」

「ここは任せた。僕は逃げる」


 リリスが狭い路地に逃げ込んだのと同時に、交差点の角から検察官のアンリがやってきた。


「あ、まりあちゃん! 仕事場以外で会うのは初めてだねー。改めまして、私はアンリ。検事だよ。よろしくー! 今度さー、女子会しない? 女の子が増えてちょー嬉しい!」

「よ、よろしく」

 ニコニコと挨拶されて、後ずさりたいのを社交性でこらえる。ぐいぐい来るタイプは苦手だ。


「リリス先輩、一緒じゃないの? ちょっと用事があるから探してるんだけど」

 またか。まりあは冷や汗をかきながら棒読みで答える。

「ここにはいないよ」

「そっかー……」

「伝えておこうか?」


 アンリはパッと顔を輝かせた。

「助かる! あのね、現場の鍵を拝借した件、シャルルにバレちゃってやばそうだから、私が代わりに返しておきましょうか? って言っといて」


 鍵泥棒の共犯だった。

 なんてことだ。そんな事べらべら喋るなんて、警戒心がないのかこの人は。


「わ、わかったよ」

「それと! 協力の見返りにデートしてくれるって話、忘れないでとも伝えといて!」

 じゃあね! と告げると、アンリはまたリリスを探して、どこかへ走って行った。


「よかったバレなくて」

 ほーっと息を吐きながら、リリスが路地の隙間から姿を現した。

「……。リリス」

「うん?」

「デート行くの?」

「できれば行きたくない」

 嘘でしょ、犯罪の片棒担がせておいて。


「こ、このクズ」

「彼女は僕の誠実なところが好きらしいから、都合よく利用させてもらってるんだ」

「一行で矛盾するのやめて」

 職場恋愛にどうこう言うつもりはないけど。アンリはこんなののどこがいいんだ?




 さらに次のアトリエへ向かう途中、またリリスが足を止めた。


「げ」

「どうかした?」

「ここは任せた。僕は逃げる」

「また?」


 これで三回目である。

 リリスが近くの家の脇に積んである樽の陰へ隠れたのとほぼ同時に、また見知った顔が現れた。

 裁判でいつも証言をしている男だ。

 

確か、名前はカイン。エクソシスト。

 エクソシストというのは、実際に悪魔と相対して戦い、打ち祓うのが仕事の人を指すらしい。

 人にとり憑いた悪魔を追い出したり、顕現した悪魔と戦ったりの実戦もするけど、その前段階にある事件現場の状態を調べたり、魔法の痕跡を探したりするのが仕事の大半を占めるそうだ。

 多分、刑事みたいなもんなんだろうな、とまりあは認識している。悪魔や魔女の行方を追いかけ、捕まえる。そういう人。と、聞いてはいるけど、悪魔なんて本当にいるんだろうか?


 その職務にそぐわず、どうやらカインは不真面目な不良気質のようで、裁判の時はいつも遅れてくる。アンリが呼びに行くまで出てこない。


 リリスやシャルル同様聖職者の恰好をして、全身黒で固めている。どうやら武闘派っぽくて、他の人とは違って腰に剣を刺しているし、左の頬に切り傷の跡がある。

 完治はしているけど、そこだけ皮膚の色が違う。結構ひどい傷だったのだろう。

 中性的で整った造作の顔を、その傷よりも台無しにしているものがある。表情だ。

 カインは鋭い眼光に皮肉っぽい嘲笑を浮かべた。まりあに気づいたのだ。


「お、魔女さん見っけ。リリスの野郎に用事なんだが、一緒じゃねえの?」

 ため息をつきながら、まりあはまた棒読みで答えた。

「ここにはいないよ」

「ちっ、こそこそ逃げ回りやがって。薄汚い蛇め」

「そこまで言わなくても……」


 とは言ったものの、ここまでの言動を見ている感じ、多分今回もリリスが悪い。

「用事なら伝えておこうか?」

「おう、頼むわ。「逃げ切れると思うなよ。地獄へ堕ちろ」って言っといてくれ」

 そして、カインはどこかへ去って行った。


「よかったバレなくて」

 ほーっと息を吐きながら、リリスが樽の陰から姿を現した。

「リリス」

「うん?」

「今度はなにしたの?」


 困り顔で首をひねりながら、リリスは笑っている。

「なんだったかな……。心当たりがありすぎる」

「とりあえず謝りに行けば?」

「嫌だよ。僕は悪いことなんかしてない。謝りになんか行ったら二度と娑婆に出られないだろう」

「一行で矛盾するのやめて」


 次のアトリエに向かいながら、まりあは先行きが不安になってくる。

 他に選択肢がなかったとはいえ、えらいところに就職してしまった。

 己の上司は倫理観がちょっと緩いようだ。

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