第19話 被告人リナ

 その被告人は、へらり笑っていた。


「どもです! あなたたちがウチの弁護人? シクヨロいえーい! ……待って、その目自前? マジ? 超やばいじゃん! いかしてるねー」


 苦手なタイプだな。まりあは思わず一歩下がった。

 パッと明るい表情が目を引く美人だ。鼻の周りに散ったそばかすが、かわいいチャームポイントに見える。

 よく晴れた日の雲のように白いドレスは、普段であれば彼女の細い手足や小さな顔をよく引き立てていたのだろうが、今は土埃で薄汚れている。多分、捕縛された時に抵抗したせいだろう。


「どうも。僕はリリス。こっちは助手のまりあだ。君を助けるため全力を尽くそう」

「ウチはリナだよ。ごめんねー、面倒なこと頼んじゃってー。引き受けてくれてあざまるまるっぴ」

「あざ……? なんだって?」


 困った顔のリリスが助けを求めてまりあにアイコンタクトを送った。

 正直まりあにも単語の意味はよく分からない。ニュアンスと雰囲気で推察するしかない。

「ありがとう、って言ってるみたい」

「そ、そうなのか……。いいや。仕事だから慣れっこだよ。そっちは初めてのことだろうに、ずいぶん余裕だね」

「うん。だってー、悪いことはなんもしてないし」

 堂々と胸を張るリナからは、確かにやましさは感じない。演技だとしたら大したものだ。


「事件のことを詳しく教えてもらえる?」

「詳しくって言ってもなー。ウチにもなにがなんだか。周りでやたら人が死ぬんだよね。この前で五人目。ぶっちゃけ困ってて。ほんとにつらたん。ぴえん超えてつらたんのすけ」


 ぽかん、と一瞬間を開けてから、またリリスの目がまりあのほうへ向いた。その視線は「助けてくれ」と訴えかけている。

「ほんとにつらい、って意味っぽい」

「な、なるほどね?」


 あ、とリナが佇まいを直した。

「もしかしてリリッピこのバイブス伝わらない感じ? ごめん、癖みたいなもんなの。モデルしながら画家の人とおしゃべりすること多いんだけどさ、せっかくならテン上げでうぇーい! って描いたほうが、筆が乗るっしょ。芸術はフィーリングとインスピレーションと映えが命だからさ!」

「すまない、ところどころわからない。外国語かなにかかな? それともどこかの方言?」


 リナはけらけら笑った。

 しかたがないので、まりあがかいつまんで説明する。

「職業病なんだって。モデルしてる時、テンション上げてた方が画家の人の筆が乗るらしいよ」

「まりあっちにはバイブス伝わってるみたいだね。いえーい!」

「い、いえーい?」


 リナは親しみを込めてまりあに身を寄せようとして、すぐにやめた。

 ハグをしようとしてやめたのだと遅れて気づく。

 さすがに初対面の距離感じゃないって思い直したんだろうか。


 ついていけない様子のリリスは、軽く咳ばらいをすると話を戻した。

「……こほん。話は聞いてるよ。まるでリャナン・シーのようだって」

 リナはため息をついて憂い顔を浮かべる。

「どいつもこいつも、ウチが殺したって決めつけてさー! ひどひどのひどじゃね? つらみー」

「亡くなった人たちが、死の直前に共通して行ったことなどはあるかな? 死のきっかけがわかれば、ひも解くヒントになるかもしれない」


 考えるまでもなく。毎日のルーティーンについて語るように、リナは答えた。


「ウチの絵を描いたの。ウチをモデルに描くと絵が映えるから「リナしか勝たん」って画家の間じゃちょっとした評判で。でも、みんな描いてるうちに弱っていっちゃう。描き終わらずに死んじゃうか、最後の力を振り絞って完成とともに死んじゃうか。ねえ、弁護人さん」

 リナは肩を落として、悲し気に眉を下げている。


「これってウチが悪いの?」


「見ようによっては悪いかもしれない」

 リリスは机の上で両手を組んで、リナの様子をうかがいながら答えた。

「君は、弱っていった画家たちを近くで見ていたはずだ。途中で制作を止めなかったの?」


「止めなかったよ」


 リナは迷いなく答える。

「止められないっしょ。人はパンのみにて生きていくわけじゃないんだから」

「どういう意味?」

 まりあの質問に、リナは朗らかに答える。

「あの人たちは絵が好きだったから」

 晴れやかな顔で、しかし寂しそうに、リナは言う。


「寝食を忘れて没頭できる、パンより好きなものがある人生は、幸せだったと思うんだぁ。その幸福を奪う権利なんて、ウチにはないよ。芸術家って生き物は、聖職者が神に殉じるためなら命を惜しまないみたいに、作品のためなら命を投げ出すもんっしょ。そうやって出来上がる作品より尊いものなんてないよ」


 と、ここまで語ってから、リナはへへ、と苦笑いを浮かべた。

「こんなこと言ってっからリャナン・シーだなんて疑われるんだろうね。まりあっちはどう思う?」


 戸惑うまりあに、リナは笑いかけた。

「まりあっちはさ。ウチが悪い魔法で画家たちを殺したんだと思う?」

「思わないかな。魔法なんてあるわけないし」


 さてさて、とリリスは話を仕切りなおす。

「では。あなたの目から見て一連の事件はどう見えていたのか聞かせてもらえるかな」




☆被告人リナの供述

 おけおけ。じゃ、話してくよ。


 一人目はカール。

 野山の写生にやってきて、ウチを見つけた大天才。

 ウチにモデルの仕事を教えて、一緒に暮らしてたんだけど。

 一年たたずに死んじゃった。


 二人目はエヴァン。

 天才カールの一番弟子。

 死んだ師匠の墓前に供える、最高傑作描こうとしてね。

 張り切りすぎて死んじゃった。


 三人目はモニカ。

 カールのライバルでウチの友達。

 うまく描くのは自分の方だって、いつもカールと競ってた。

 死んだあの子の家に行ったら、カールの遺作の模写があった。


 四人目はジョヴァンニ。

 伸び悩んでた駆け出し画家。

 才能がないかもって悩みすぎてて、リャナン・シーに頼ろうとした。

 結局才能花開かずに、完成前に死んじゃった。


 五人目はロビン。

 ウチを妻にと欲しがった。

 作品でウチが納得したら、って条件出して。

 死ぬほど描いてほんとに死んだ。

 そうそう最後にもう一人。

 まだ生きている画家がいる。


 六人目はダニエル。

 彼もウチが妻に欲しい。

 ロビンとどっちがうまく書けるか勝負して。

 勝った方が結婚するって息巻いた。

 ダニエルだけはまだ生きている。

 どうかお願い、彼を助けて。

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