第14話 被告人尋問

「被告人、異議はあるか」

 シャルルの問いに、ナタリーは鬱陶しそうに眉をしかめた。


「知らん知らん。今は荊の観察で忙しいって言ってるだろう。発情でも交尾でもやりたい者同士で好きにやってくれ。ボクは動物の生態にはさして興味がないんだ」

「こっ!? ……、貴様、今は裁判中だぞ。口を慎め。ふしだらな言葉を使うと色欲の悪魔の遣いだとみなすぞ」


 ククク、とリリスが笑いをこらえている。

「シャルル、困ってるね」

「笑ってないでなんとかしろ。被告人の供述を聞くのも貴様の仕事だろう。問答が無駄なようであれば、これで裁判を切り上げて火炙りの判決を出さざるを得ない」

「それなら大丈夫、成り行きで雇った助手だったが、まりあが思いのほか優秀でね。とっても聞き上手なんだ。ここは彼女に任せるよ」


 ぎろり、とシャルルの目がまりあに向いた。

「もう懐に入ったのか? どんな手を使ったんだ、魔女め」

「うるさいな。いいから話進めてよ」

 げんなりしながらまりあが応えると、シャルルは再び視線をナタリーに戻した。


「貴様は魔女か?」


「植物を分類することには意義があるよ? 姿形だけでなく、育て方も生息地もなにもかもが違うんだから。そこを言うと人間ってつまんないよね。だって、みんなだいたい一緒なんだもん」


 すかさず、まりあが通訳を入れた。

「彼女が言いたいことは、「人間を分類して誰かを魔女と定義づけることに何の意味も感じない」ってことだよ」

 疑わしそうな目でシャルルは眉間にしわを寄せた。

「適当なことを並べているだけではないのか? 被告人、彼女の言うことは本当か」

 心底めんどくさそうにナタリーは答える。


「うん」


 信じがたい、という顔でシャルルは質問を重ねる。

「被害者に惚れ薬を盛ったのは貴様か」


「アダムとイブは本当に罪深い行いをしたと思うよ。リンゴの実なんて食べずに、裸で猿のように暮らしていれば、人間たちは生殖行為をどう進めるかでこんなに悩まずに済んだのに。おかげで、恋人たちは迷走するばかり。ボクも惚れ薬なんてバカバカしいものを作る羽目になっちゃった。まったく付き合いきれないよ」


 まりあは、言葉を選びながらざっくりと内容を伝える。

「「薬は作った。でも、色恋に悩む人たちがどう使ったかには関与していない」って言ってる」


 まだ信じ切れないようで、シャルルは親指と人差し指で眉間をもみほぐしながら、ナタリーに聞いた。


「被告人。これで合っているのか」

「うん。なんでわざわざ聞くの? 同じ事を二回聞くのは面倒じゃない? 裁判のルールなのかな? 人の世はなにもかもめんどくさくて無駄が多いね」


 ぴき、とシャルルの額に青筋が立った。見るからにイラついている。

「いいだろう。では、尋問を続ける。貴様が処方した惚れ薬とは、どうやって作りだしたものだ? 悪魔の手を借りて作ったのではあるまいな」


「木の実一粒、豆一粒、麦一粒の中にそれぞれ無限の宇宙が内包されており、手のひらよりも小さな種であってもそこには圧倒されるほどの生命の息吹が詰まっているんだ。無理もない、彼らは地面に根を張って、直接大地から生きる力を吸い上げているのだから! 動物たちはその恩恵を受けて生きている! 仮に悪魔がその奇跡を模倣したところで、それは滑稽な猿真似に過ぎない!」

「「悪魔の力は借りてない」って言ってる」


 シャルルは頭を抱えた。頭痛に耐えているように顔をしかめている。

「惚れ薬を調合した理由はなんだ」


「人間というのは全く傲慢で無理解だよ。自然の力を自分に都合のいいように利用できるとすぐに思い込むのだから。けれど悲しいかな、私もその中の一人にすぎない。植物が与えてくれる恩恵で日々を生きている、ただの愚かな毛のない猿でしかない」

「「商売だから依頼されて調合した」って言ってる」

「被告人は、ミサに参加せず、神を崇拝せず、聖書もおざなりに扱っている。神に背く心があるのか?」

「ははは! これだから人間は!」

「「これだから人間は」って言ってる」


 シャルルはいら立ちをぶつけるように木槌を叩いた。

「さすがにそれはわかる! ええい、なんなんだこれは!」

 くすくす笑いながら、検察官アンリが口を挟んだ。

「静粛にしてくださーい。そんなに怒るのはよくないと思いまーす」


 同じようにくすくす笑いながら、リリスが手を挙げる。

「もうこの辺でいいかな? こちらの話もさせてもらおう」

 大きく息を吸って笑いを引っ込めると、リリスは話を始めた。

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