第13話 開廷 惚れ薬事件
カツン、とシャルルが木槌を叩き、開廷を告げた。
「これより魔女裁判を開始する。私は裁判官を務めるシャルルだ。被告人は名の名乗れ」
事務的に告げる声に温度はなく、大きく丸い目がじっと被告人を見ている。
まりあは、弁護人の席に座るリリスの横にいた。本来一人で使う席なのでちょっと狭い。無理やり並べた二つの座席が、ちょっと身じろぎするだけで当たってしまう。
ナタリーは、前回まりあがいた場所、つまり荊の檻の中にいる。
「ひゃー! なにこれすごい! なに科? バラかな? 太陽が動くのに合わせて自身も動く植物はたくさんいるけど、これはどういう仕組みで動いているのかな!? 栄養源は!? どうやってお世話してるの!?」
開廷前は裁判を面倒くさがっていたナタリーだったが、荊の檻を前にした瞬間にテンションが降り切れてしまい、さっきからこの調子で手が血まみれになるのもかまわずに、興味津々で自身を捕えている荊の蔓を調べまくっている。
「聞こえなかったか? 名乗れ」
「こんな室内にあるということは、光合成は行っていないのかな? いや、それにしても硬くて鋭い棘だね。植物が棘をつけるのは基本的に動物から捕食されないようにするためなんだけども、こんな大きな荊を捕食しようとする動物なんているのかな?」
シャルルは顔をしかめている。
「静粛に。聞かれたことだけ答えろ。名乗れと言っている」
「うるさいなあ。今ボクは忙しいんだ」
「貴様には自分の主張を述べる権利がある。それを放棄するというのなら、裁判はこれで終わりだ。火炙りの刑に処す」
カン、といまいましげに木槌が叩かれる。すると、それを合図に茨の蔓が暴れだした。
「わー!? なになにどういう生態なの? 今のは音に反応したの? 聴覚があるってこと? 犬みたいに合図を送れば決まった動きをするように仕込むことができるのかな!?」
まあまあ、とリリスがやんわりシャルルを止める。
「彼女はなんというか、独特な感覚の持ち主で。コミュニケーションを取るのにコツがいるんだ。彼女は魔女ではない。僕が保障しよう。どうぞ、裁判を進めておくれ」
大きくため息をつくと、シャルルは木槌を叩いて荊を止めた。それから、アンリのほうへ視線を移す。
「アンリ。事件の概要と罪状を」
はーい、と返事をすると、検察官アンリは語り始めた。
☆検察官アンリの発言
被告人はいかがわしい薬を使って人心を惑わした魔女である。というのが、今回の訴えです。
被害者は商店の一人息子リッキー氏。彼は結婚を間近に控えていて、婚約者との関係も良好でしたが、被告人はリッキー氏に惚れ薬を飲ませて彼を略奪しようとした、という容疑がかかっています。
目撃者は、被害者の婚約者であるカトリーヌ氏。デートになかなか現れない彼が、被告人の店がある路地裏に入っていくのが見えたために、不審に思って後をつけたところ、逢引の現場を目撃してしまったそうです。
私からはこれくらいですね。いやー、惚れ薬なんて実在するんですね。私も欲し……。なんでもないです。
次、調査にあたったエクソシストからの報告です。カイン君よろしく。
あれ、いない? もー、ちょっと呼んで来ますね。
☆証人の発言、エクソシストカイン
遅れて悪かった。
あんまり下らねえ話だったもんで、正直バックレるつもりだった。
こんなもん、裁判でわざわざやるようなことか? 人の色恋沙汰なんて、首突っ込むだけ野暮だろ。
街はこの事件の噂で持ち切りだ。あほらしい。なんでも、八百屋のババアが言うには被告人のバックには色欲を司る悪魔アスモデウスがついてるらしいぜ?
すげえよ全く。俺ですら見つけられない悪魔の所在、なんであのババアが知ってるんだ? ぜひともあのご婦人にはエクソシストの採用試験を受けてみてもらいたいね。さぞや、優秀な人材なんだろう。
あー、やってらんねえ。仕方ねえから仕事の話くらいはしてやるけどよ。
悪魔の気配、並びに召喚の痕跡は見つかっていない。
だが、被告人は信仰をおざなりにしている。
日曜のミサにも出席はしないし、家に十字架も飾っていないし、聖書は植物の図鑑の下のほうに埋もれていた。
その女が神に唾吐く魔女の可能性はわりとある。
俺から言えるのはこれくらいか。
☆証人の発言、被害者の婚約者カトリーヌ
早くその魔女を火炙りにしてください!
リッキーは嘘をついたり人を裏切ったりするような人ではありません。
彼があんなことするなんて、悪い魔術の餌食になったとしか思えません。
それなのにリッキーったら、魔女をかばうようなことばっかり言うんです。
ああ! かわいそうなリッキー! 薬のせいでまともな判断ができないんだわ!
全部魔女のせい! 早く焼き殺して!
☆証人の発言、被害者リッキー
ナタリーさんは悪くありません。全ては僕の不徳の致すところです。
確かに薬は飲みました。しかしそれは僕の意志です。
むしろ、いきなり同意なくキスなどしてしまって申し訳ないくらいです。なぜか、あの時は急に体が騒ぎ出して、我慢できなくなってしまった。
痴漢として処罰されるべきは僕のほうです。
どうか信じてください。
☆証人の発言、カトリーヌの父グイド
うちの娘とリッキー君は、はた目から見ても仲良さそうだった。
この二人の結婚を、我々はとても楽しみにしていたんだよ。それをこんな形でぶち壊すなんて、なんて卑劣な。
聞けば、被告人は一人で土いじりばかりしているそうじゃないか。幸せそうなうちの娘に嫉妬して、リッキー君を奪おうとしたに違いない。
魔女のせいだ。こんなことになっていなければ、そろそろ嫁入り道具を仕立て始めるところだ。うちの娘が行き遅れたらどうしてくれる。
こんな形で隣人の心を弄ぶなど、あってはならない。恐ろしい魔女にどうか裁きを。迷えるリッキー君の心に救いがありますように。
☆証人の発言、教会の神父ザビエル
彼女の家がある地区の方々は、私どもの教会で日曜のミサに参加しています。
ナタリーさんは近頃参加されていませんが、ずっとそうだったわけではありません。昔は何度かいらしてました。
今よりまだ、だいぶ若い頃でしたか。そのころは今よりも、身なりのも気を使っていたように思います。
けれど、今思い返せばあの頃から不審な点はありましたね。
いまいち話が通じず、なにを言っているのかわからないこともあるし、こちらの言葉も届いていないように思います。人付き合いがお嫌いのようで、知り合いとすれ違ってもいつも無視していました。
一つ、印象に残っていることがあります。何度お会いしても「初めまして」と挨拶されるんです。心ここにあらずというか。何度お話をしても、彼女との間に信頼や絆が生まれることはありませんでした。
今思えば、彼女はあの頃からずっと、悪魔に魂を奪われて深いトランス状態にいるのかもしれません。
彼女の魂に救いあれ。正しき裁きによって、魔女の魂が悪魔の手から解放されますように。
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