第6話 まりあの処遇
困る。とても困る。
まりあにだって、なぜこんなところにいるのかわからないのだから。
「侵入したわけじゃない。気が付いたらあそこにいた」
「聖堂に出現する前、なにがあったか思い出せるか?」
信じてもらえないだろうが仕方がない。
まりあは、カルトの家に生まれたこと、殺されたこと、蛇のリンゴを食べたことを話した。
裁判官も検察官も弁護人も、目を丸くしてぽかんと口を開けている。
少しの沈黙の後、弁護人リリスは狂ったように笑い始めた。
「あはは、ははははは!」
「なにがおかしいの?」
「君は神の子で、十字架にかけられて死んで、蛇のリンゴを食べて、復活しただって? 次は海でも割るのかな?」
カァン! と乱暴に木槌が鳴る。
むすっとした顔で、裁判官は問いかけた。
「笑い事ではない。戯言だとしたら不敬にもほどがあるぞ。その話が真実だと神に誓えるか」
「本当だよ」
まだ笑いが収まっていない弁護人が、涙をぬぐいながら言い添えた。
「そんな突飛な経歴なんだったら、聖母が聖堂に招き入れたんだって言われても納得せざるを得ないなあ」
まりあは、自分の弁護人をまじまじと見た。
「あなたがあの時の蛇なんじゃないの? よく似てるけど」
「確かに僕は蛇の一族だが、人違いだよ。いや、蛇違いかな? 君と会うのは初めてだ」
裁判官は機嫌悪そうにこちらをにらみつけている。
「作り話にしてはたちが悪すぎるが、やはり本当だという証拠はない。やはり、魔女の刻印を探すしか……」
きゅっと身がすくんだ。またあの針串刺しの拷問だなんて冗談じゃない。
万事休すかと思った時、バンッ! と裁判所のドアが開いた。
入ってきたのは、包帯だらけのおじいさん。
まりあが最初に見た、体が燃えていた被害者の人だ。確か、名前はアルフレッド、って言うんだっけ。
よかった。生きてたんだ。
まりあはほっと胸をなでおろした。最後に見た時はばったりと倒れて意識を失っていたから、心配だったのだ。
傷だらけの体を引きずりながら、アルフレッドはずかずかと踏み込んでくる。「お体に障ります」と何人かの弟子たちが彼を止めようとしているが、全く意に介していない。
「即刻裁判を取りやめていただきたい!」
裁判官シャルルは、険しい目をそちらへ向けた。
「貴様に裁判を取り下げる権限はない」
「彼女は私を救った恩人です。殺すなんて、そんな、とんでもない!」
かすれた声でアルフレッドは怒鳴る。焼けた喉で無理をしたせいで、すぐにゲホゲホせき込み始めた。
しかめ面を崩さずに、シャルルはつっけんどんに言った。
「証人として証言があるのなら、聞こう」
「彼女の手のひらを見ていただきたい。ザクザクと抉られた傷があるはずです」
「傷? 手のひらはまだ刺していないが。被告人。手のひらを見せろ」
言われたとおりに手のひらを見せる。消火しようとしたときの傷を見て、検察官アンリが「わっ」と声をあげた。
「これは彼女が私を救った証です。彼女は燭台の棘で自らの手を抉り、燃える私の衣服を血に濡れた手で撫でて、火の勢いを弱めたのです。そのような聖人君子が悪魔や魔女のはずがありましょうか」
「善行をしたからと言ってそれがどうした。それは、魔女ではない証明にはならん」
証言を突っぱねようとしたシャルルに、アルフレッドは勢いよく頭を下げた。
「なにとぞ! なにとぞお頼み申す!」
「ダメなものはダメだ。これは法に定められたことである。それとも、司祭長の立場を笠に着て無理を通すつもりで来たのか? 法を軽んじる者を、私は許さない」
「い、いや、そういうわけでは」
そこへ、弁護人リリスが軽く手を挙げて口を挟んだ。
「提案がある」
苦々しい顔で裁判官シャルルはうなずいた。
「聞こう」
「彼女は、不審な点こそ多いが犯罪者ではない。いくら怪しくても猶予はあってしかるべきだ」
シャルルは黙って考え込んでしまった。
そこに、リリスはたたみかける。
「彼女は悪いことなどしていない。それをむやみに殺してしまうのは、どう考えたっておかしいだろう?」
「だが、その間の処遇をどうするつもりだ」
「それだよ、僕が提案したいのは。彼女の身元をうちで預かって様子を見たい。助手を雇いたいと常々思っていたところなんだ」
シャルルの顔がまた渋くなる。
「魔女を雇うだと? そんなに地獄へ行きたいのか?」
リリスは意に介した様子もなく、へらりと笑っている。
「魔女じゃないって、彼女は言ってる。僕はそれを信じよう」
そして、リリスの蛇の双眸がまりあをとらえた。
「どうかな? 君にとっても悪い話じゃないはずだ。聞いた感じ、帰る方法もわからなければ行くところもないのだろう? うちで働いてくれるのなら、衣食住と身の安全を保障しよう」
じっと、見つめられる。落ち着かない。
これってもしかして、噂に聞く面接ってやつでは。
「し、仕事内容は?」
「今見た通りだ。魔女裁判において、被告人の弁護を務める。悪魔とか魔法とか、目に見えないものが絡んでくると、どうしても冤罪が起きやすい。僕は、それが嫌だ。めちゃくちゃな理屈で魔女と呼ばれて殺される人たちを放っておけない。手伝ってくれる?」
魔女裁判を終わらせてほしい。
それが、救いを求めた蛇の願い。
その答えはきっとここにあるのだろう。
まりあは強くうなずいた。
「いいよ。よろしく」
カン! と軽い木槌の音が法廷に響く。
「判決の一時保留と被告人の執行猶予、猶予期間中の保護を認める。だが、尻尾を出したらその時は即座に火炙りの刑だ。覚悟しておくように」
荊の檻がはらりとほどけ、まりあは自由になった。
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