第4話 被告人尋問

 まりあは憤慨した。自分は魔女ではないし、魔法なんて使えるはずないだろう。


「被告人、異議はあるか」

「あるに決まってるんですけど。私は魔女でも悪魔でもないし、魔法なんて使えない。魔法なんてあるわけないでしょ? 漫画の読みすぎなんじゃない?」

 そうでなければ、変な宗教団体なのかもしれない。笑えない冗談だ。


「では、尋問に入る。貴様はこの街の人間ではないな? どこの出身だ?」

「熊本」

「聞いたこともないな」

「日本の、熊本。知らない? あなたたち外人さん?」

「どちらも知らんな。両親の名は言えるか」

「父親は天草大吾、母親は天草春奈」

「この場に証人として呼ぶことはできるか」

「多分、できない」

「他に家族は」

「いない」

「どうやって聖堂内部に侵入したか、説明できるか」

「わからない。気が付いたらあそこにいた」

「眠っている間に勝手に体が動くような、夢遊病のような精神の病か?」

「違う」

「どうして扉を開けるよう弟子たちを誘惑した?」

「誘惑って……。火事があったから水を持ってきてって言うのがそんなにおかしい?」

「いかなることがあるとも、祈祷の邪魔をしてはならない。強い心で祈れば、神はお救いくださる」

「なにそれ」


 反吐を吐くような気持ちで、まりあは言った。

 出たよ、また神様だよ。


「じゃあ、あの人が焼け死ぬのを黙って見てればよかったの?」

「教えに殉じて死ぬのであれば幸福である。死後は楽園へ行くだろう」


 感じたのは強い怒り。


 こんなふうに、いもしない神様を基準に考えるような奴らに、自分は殺されたのだ。


「ふざけないで。あんたたち皆おかしいよ。私は、燃えていたあの人を助けたことが、間違いだなんて思わない」


 裁判官は眉一つ動かさない。


「火をつけたのはお前だな」

「違うって言ってるでしょ!?」

「魔法を使って壁を抜け、聖堂に侵入したのだな」

「違う!」

「お前は悪魔のしもべ。無辜の民に仇なす魔女。神より賜わった魂をどぶに捨てた愚か者」

「は? なに言ってんの? そこまで言うなら私がやったっていう証拠をを出してよ!」


 刑事ドラマとかなら、現場から見つかったライターに指紋があったり、監視カメラに映像が残っていたりすれば、犯人が特定できる。

 でも今は、そういうものは一つもない。


「ならば、契約の印を探そう」


 カァン、と木槌が打ち鳴らされて、高い音が裁判所に響く。

 異様な気配を感じてまりあは身構えた。

 台風の前日に風で木立が揺れるような、身の危険を感じる騒めきが聞こえる。

 まりあは息を飲んだ。

 鳥かごのようにまりあを捕えていた荊の檻が、意志を持った触手のようにこちらへ迫ってくる。

 まずは手首、次に足首にきゅっと蔓が巻き付いて、まりあの動きを止める。棘は矢じりのように硬く、触れただけで皮膚をザクザク傷つけていく。雨の日の窓を雫が伝うように、まりあの肌の上を血が滑っていく。

「なにするの!」

 まりあが怒りの声を上げても、裁判官はびくとも動かない。


「魔女とは、悪魔と契約を交わした者。契約が成り、悪魔に忠誠を誓った者は、その証として体に印を刻まれる。その部位は、刺し貫かれても痛みを感じない。刻印が見つかれば、貴様が魔女だという証拠になる」


「そんなのない!」

 がっちりと体が固定され、動くことができなくなった。

 ひときわ太い棘が先端についた蔓が、まりあの目の前に伸びてくる。シャーペンくらいの大きさのその棘を前に、血の気が引いていく。


「今からその棘で貴様の全身を刺す。反応を示さない箇所があれば、そこが刻印だとわかる」


「うそでしょ」

 予告通りに、間髪入れずに、スズメバチが獲物を刺すように荊の棘がまりあの左胸を刺した。

「いっ……」

 鋭い痛みに顔が歪む。

「ここではなかったか」

 針が抜けた穴から一気に血が流れだす。体液が抜けていく感覚が怖い。

 うごめく荊は、すぐに次の場所を刺す。腕、腹、足、みぞおち、手の甲と、気まぐれにあちこちつつきまわされる。

 流れ出す血が蔓を染め、足元に血だまりを作っていく。

「私はやってない!」

 まりあの訴えは届かない。

「貴様が正直に白状するのなら、これ以上の尋問はしなくてもよいのだがな」


 このままでは死んでしまう。

 まりあに選ぶことができる道は二つある。

 このまま容疑を否認して刺され続け、失血死するか。それとも、この拷問をやめてもらうために自分は魔女だと嘘の自白をするか。


 蛇と取り引きをして復活したばかりだって言うのに、もう死ぬのか。

 おかしくなってきて、まりあは思わず笑いが込み上げてきた。つくづく自分はついていない。


「なにがおかしい。気でも狂ったか」

「狂ってるのはあんたらだ! いい加減にして!」


 また針が迫ってくる。錐のように鋭い荊の棘が、すでに血まみれになっているまりあの首に、狙いがつけた。

 二度目の死を覚悟して、まりあはぎゅっと目を閉じる。

 またか。またこんなふうにして死ぬのか。

 短い第二の人生だったな。

 その時、バタッと乱暴に扉が開かれる音がした。


「待った! 彼女は魔女ではない!」


 転がり込んできた救いの声に、まりあは恐る恐る目を開けた。

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