第3話 魔女裁判開廷

 まりあは裁判所にいた。


 広い部屋だ。

 柱は黒鉄、壁は白塗り。葬式みたいにカラーリングの室内は、天井からつるされているシャンデリアに刺さった蝋燭によって、陰気に照らし出されている。

 揺れる炎の頼りない光で、いたるところに設置されている十字架のオブジェが影を伸ばす。天井を見上げれば、お迎えが来たかのように天使の絵が描かれている。


「これより魔女裁判を開始する。私は裁判官を務めるシャルルだ。被告人は名の名乗れ」


 高圧的な大男が、中央の机で木槌を手にしている。

 まとっている神父のような服が似合わないほどの大柄な体躯は、まるで閻魔大王のよう。気難しそうにこっちを睨んでくる目はぎろりと大きく、眉間によっている眉毛も力強く太い。がっしりした顎はなんでもかみ砕いてしまいそうだ。


 まりあは荊の蔓でできた檻に捕らわれていた。自分が眠り姫になったのではないかと乾いた笑いが漏れる。

 その荊は、早回しの朝顔の成長記録のように、うねうねとひとりでに動く。鳥かごのように、上下左右全て閉じられていて、逃げるのは不可能だ。


 檻の中のまりあを取り囲むのは、三つの机。正面に大男、その左側にシスターの恰好をした女。三つ目の席は空いている。


「なにこれ?」

「聞こえなかったか? 名乗れ」

 不服だが、逆らうとめんどくさそうだ。

「天草まりあ」

「貴様は魔女か?」

 威圧的な鋭い目がこちらへ向いている。

「違う」

 まりあが答えると、その目がさらに険しくなる。


「最初に告解の機会を与える。咎を認め、悔い改めるのであればその罪は許されるだろう」


 これが蛇の言っていた魔女裁判だろうか?


 まりあは憮然として答えた。

「私は悪いことなんてなにもしてない」

 大男は厳かに司会進行を進める。

「では、断罪を。今回の裁判は、街の聖堂で続いている放火事件についてだ。アンリ、概要の説明を」

「はーい!」


 元気よく返事をしたのは、修道女の服を着た小柄な女だ。


 小さな体に、小さな顔。元が童顔なのを、強めの化粧で無理やり大人びさせている。聖職者の服は本来清楚な雰囲気のはずだが、彼女のそれは地雷女みたいな黒いレースがアクセントに施されていてゴスロリのようだ。

「検察のアンリです。ここのところ、聖堂では不可解な放火事件が相次いでいました……」

 つらつらと語る女の発言を聞きながら、まりあはほぞを噛む。

 夢の中で蛇と話していて、気が付いたら事件の現場にいたのだ。そして、あれよあれよと捕まって、この場に引き出されてしまった。


 まりあにはなにもわからない。


 ここがどこなのかも、今なにが起きているのかも。

 気が付いたら目の前で人が燃えていて、その火を付けたのがまりあなのだと疑われている。

 無理もない。現場に突然現れたまりあの無実を証明するものは、なにもない。

 信じてくれる人なんて、誰もいない。




☆検察官アンリの発言

 この街には、美しい聖堂があります。

 そんな、皆の心のよりどころである美しい聖堂で、ここのところ不可解な放火事件が相次いでいました。

 犯人は悪魔、あるいは魔女であるともっぱらの噂です。

 日課のお祈りの時間になると、祈っている信徒の体に火が付く、ということが、何度も起きています。大勢の信徒が一緒に祈っている時間に事件は起きますが、付け火の犯人はいまだ目撃されていません。

 誰もが一心に祈りを捧げている最中、誰も何もしていないのに、ひとりでに火が付くのです。まるで、目に見えない力が働いているかのように。

 信徒の皆さんは、これは祈りの妨害をしようとする悪魔の仕業だと断定し、信仰の力でこれに打ち勝とうとしました。

 祈りの最中に体に火が付いたとしても、反応してはいけません。

 反撃しようと祈りをやめれば、加護が消えて炎が大きくなり、重傷を負ってしまうのです。

 これまでに何人もの信徒が大けがを負い、医者に運び込まれました。

 事態を重く見た聖堂の司祭長、アルフレッドさんは悪魔との一騎打ちをしようと決めました。

 祈祷の時間、弟子たちに「私がよいと言うまで決して扉を開けぬように」と言いおいて、一人で聖堂にこもって悪魔との戦いを始めました。

 弟子の方々は扉の前で耳をそばだて、悪魔との戦いが無事に終わるのを待っていました。

 部屋の中からは朗々とアルフレッドさんが祝詞を唱える声が聞こえていたそうです。

 しばらくすると、中から煙の臭いが漂い始め、戦いが始まったことがわかりました。

 その時、彼女の声が聞こえた。扉の前で待機していた全員が耳にしています。

 司祭長の祈りによって悪魔が正体を現したに違いないと、皆が確信したその時。

 扉の内側から、女の声が言いました。

「誰か来て! 水を! この人死んじゃう!」

 扉を開けてしまいたい強い誘惑にかられましたが、皆さんは「この声は邪悪なるものの声である、司祭長の言いつけを破らせるための罠である」と判断して、扉を開けるのをこらえました。

 待機している間、煙の匂いはどんどん強くなっていきます。

 そしてついに、祝詞を唱える声が止んだために、決着がついたものと思ってドアを開けた。

 そこで目にしたのが、全身にやけどを負って倒れているアルフレッドさんと、その傍らに立っている被告人天草まりあさんです。

 聖堂の出入り口は一か所だけ、その扉の前では弟子たちが待機していたので、気づかれずに出入りするのは不可能です。アルフレッドさんが聖堂にこもる前には、誰もいませんでした。

 被告人がどうやって聖堂に侵入したかは不明のままです。弟子の皆さんは、彼女が聖堂の中から扉を開けるように誘惑していた声の主だと判断して、拘束、通報して、今に至ります。

 原告側の主張はこうです。

 被告人天草まりあは魔女であり、邪悪な魔法を使って聖堂で放火事件を起こし、神への信仰を妨げようとした。密室のはずの聖堂内部から現れたのがその証拠である。

 火炙りによる処刑が望まれています。

 続いて、調査に当たったエクソシスト、並びに証人の皆さんに発言してもらいましょう。




☆証人の発言、エクソシストカイン

 調査の結果、結論から言うと犯人は人間だぜ。

 教会近辺から悪魔の痕跡は見つからなかった。

 悪魔召喚の痕跡はない。魔法陣も、生贄の死体もなかった。悪魔が出入りしている建物にはつきもののポルターガイストみてえな現象も起きてない。

 悪魔が出た! って騒ぎらしいが、出現した形跡はない。

 悪魔そのものは近くにいないが、その力を授かった人間、つまり魔女が犯人だって見かたが妥当だと思うぜ。

 その女が犯人だって言うなら、そうなんじゃねえの?




☆証人の発言、信徒マイケル

 私は司祭長が悪魔と戦っている間、扉の外で待機していました。

 本当であれば、ともに戦いたかったのですが、司祭長は一人で行ってしまわれました。

 おおむね、先ほど検察の方が話してくれた通りです。

 我々は、誰が悪魔に目を付けられ、炎に焼かれるかと怯えながら祈る日々でした。

 神がお守りくださるとはいえ、近くに悪魔の気配を感じていては気が休まりません。片時も、十字架と聖水を手放すことはできませんでした。

 しかし、魔除けも気休めでしかありません。

 祈っている間は神の加護で守られていますが、悪魔を打ち払おうと反撃に転じれば、加護が消えてあっという間に火だるまになってしまうのです。

 ああ、思い出しても恐ろしい。

 毎日並んで祈る仲間たちは、次々に悪魔の手にかかっていきました。

 ある時、私は、衣が発火してしまった友人を助けようと、彼に聖水をかけました。

 清められた聖なる水は、魔を打ち払い我らをお守りくださるはずです。しかしどうしたことでしょう。聖水を振りかけた火は、鎮火するどころかさらに大きくなるではありませんか!

 火に水をかければ消える。これが道理です。しかし悪魔の火は、聖水の力をもってしても全く打ち消すことができないのです。

 まるで、悪魔が我らを嘲笑っているかのようでした。

 このような所業は許しがたく、下手人にはしかるべき措置、すなわち火炙りによる処刑がふさわしい。

 どうか、善良なる隣人たちを弄んだ魔女に、裁きを。




☆証人の発言、聖堂の掃除婦ミリア

 ええ、ええ。その娘さんは死罪が妥当でしょうとも。

 どうしてそんな恐ろしいことができたのでしょう? まだ若いから、物事の分別がついていないんじゃないかしら。

 事件のあった時、私は聖堂の庭の草むしりをしていました。

 誰も建物には寄り付いていませんよ。

 私も、司祭長様が心配で心配で、掃除なんか手につかなくて、ずっと聖堂のほうを見ていたんですもの。

 外側ではなにも起こっていませんでした。

 私は朝から草むしりをしていましたから、あの日聖堂に入った人は全員私の前を通ったはずです。

 この魔女は、私の前を通りませんでした。

 人知を超えた魔法の力を使ったに違いありません。





☆証人の発言、街の大工マリオ

 あの聖堂は俺らのご先祖が建てたんだ。

 ずっと昔、聖堂を建てるときにうちの店が建造を任されて、それ以来ずっと俺たちが修復を請け負ってきた。

 断言するが、誰にも見つからずにこっそり入り込む裏口なんてありゃしない。必要ないからな。正面から行けば、聖母は誰であろうと受け入れてくださる。

 出入り口は正面の一か所だけ。中の造りだって複雑なところはない。子供だって迷子にならないだろうよ。

 あの聖堂は街のシンボルなんだ。

 そんな場所に悪魔を呼び込むなんて、許されない。魔女に裁きを。

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