【第4講】〜君の願い、彼の思い3〜

 

 今日の璃美はすごく綺麗だった。

 璃美の制服のポケットにはナイフが入っている。

 こんなに学校が薄暗いと感じたのは初めてだった。


 私はうっすらとポッケに入れた。

 ナイフを確認するように触ると、ちくりとした。

 手を取り出すと手が少し赤く汚れていた。

 何度か血を流したことがあるが、自分では甘く感じないものなのだと初めて認識した。

 すると男が走ってきた。


 そう、あの男だ。

「山岡さん、大丈夫?」

 

 私は真っ当に普通の顔ができているだろうか。いつもの山岡璃美だろうか。璃美はそう不安が少し残りながら平然を装った。


「切っただけなので平気ですよ」

 後ろを見ると緋樹が心配そうに覗き込んでいる。

 璃美は笑いながら自分の指をハンカチで拭く。

「君の血は危ないから、だめだよ」

「なぜ?」

 そう、他人なら知らないはずだ。何も知らない他人ならば。

「だって、ほら、勘づかれるだろう」

「勘づかれる?」

 櫂斗はハッとした。そして笑った。そうして、璃美を壁際に寄せる。耳元で言った。

「気付いていたけど、昨日、血を飲まれたね?」

「だとしたら--」


 取り出したナイフを避けると思った。首筋にやると、ぴたりと自分の手が止まった。

「なんで」

「いいよ、殺して」

「……殺して?」


 響くのは周りの悲鳴ばかり。なぜ番を欲しがっていた男が、殺していいと言っているのだろう。

 香るのはうっすらと切れた首筋の甘い香り。

 私の血もこのような匂いなのだろうか。


「お前は私の親を殺しただろう」

「そうだよ。 だから復讐を受けたいんだ」


 璃美の顔は歪む。私の考えていた人物と違うの異常に恨めしい気持ちがあるからだ。

「許さない」

 ナイフはゆっくりと頸動脈の辺りにくる。流れる血も増えてきた。

 むせ返る血の香りにイライラした。

「許さなくていいんだ。

 いいんだよ、思うようにやって」


 誰も止めに入らない。璃美は無理矢理、櫂斗を壁際にやり、首を切り続ける。

 親を刺した時のように思い切りやりたいのにうまくいかない体。


「どうして」


 ナイフは壁に刺さり、璃美は嘆く。

「……予想外だったな」

 櫂斗は言う。


 璃美は許せない気持ちと自分の体の反する行動にイライラして、とうとう吸血をした。

「だめだ!」

 櫂斗はたじろいで離れたように言う。そして力強い璃美に負けたように、櫂斗は力を抜いて、諦めたように受け入れた。

「ああ、君昨日貧血だったね」

 恍惚としたように櫂斗は言う。

「大丈夫だよ。

 君の全ては僕は受け入れる準備がいつでもできているんだから」


 黒い髪の毛が璃美の額に当たる。櫂斗は自身の髪の毛であったその髪の毛を愛でるように撫でる。

 櫂斗は容赦なく噛むその痛みさえ気持ちのいいものだった。

 そして、過去櫂斗がしたようにと璃美は一滴も残すまいと血を飲み続ける。


「いいかい、忘れないで。

 僕は君の親を殺した男だ」


 確認のように言う。

 長い吸血の後、璃美は外に櫂斗を引きずっていった。

 そこは皮肉にも璃美が嫌いな緋樹に血を吸われた公園だった。

 璃美はそこで気づく。重たいはずの自分よりもはるかに身長の高い男が、簡単に運べたことを。

 そして璃美は叫ぶ。


「なぜ私の親を殺したの!」

「番が欲しかったんだよ」

 櫂斗の意見は一貫していた。

「ごめんだわ!」

「僕の事情だ。

 ごめんね」


 まだ朝日すら登っていない。

 学校だと目がつくと言う理由で公園に引きずってきたわけだが、公園は恐怖の場所でもある。


「どんな気持ちで待っていたと思っているの」

「恐怖、かな」


 淡々と返す櫂斗は弱っているはずなのにどこか余裕そうだ。


「君は朝まで僕を弱らせることができると思っているのかな」

「は?」


「君の体には僕の血が入っているし、僕の体にも君の血が入っている。

 そして、僕らだけは時間の感覚が違う。

 朝なんて秒だ。でも、君は僕を無くした時、頼れる人がいなくなる」


 意味のわからないことを言う。

 何を言いたいのだろうか?と璃美は思う。


「僕は君に一人になってほしくない」

「どういうことよ!」

「僕は他の吸血鬼の8倍生きていた。

 君と僕は今他の吸血鬼の4倍のものと化している」

「それが何」

「これから先待っている君のことを考えているんだよ。

 殺してもいい。

 好きにしてほしい。

 でも、君には僕のつらさを感じて欲しくない」


 何を言っているんだろうこの男は。命乞いなのだろうか。

「君は僕の血を飲んだ。

 だから君はもっと辛い思いをするだろう。

 だから待ってほしい」

「待つ、何を」

「そろそろなんだ」

「今なんだ。 もうすぐなんだ」

「だから何--」


 瞬間だった。駆け巡ったのは、謎の記憶。

 私の知らないもの。知らない。こんな記憶私にはない。

 親のイメージが全然違う。私の知っている状況じゃない。


「ナニコレ」

「それはね、君の本当の記憶だよ」


 櫂斗は起き上がる。

 すると、璃美を抱き寄せて、頭を愛おしげに撫でる。


「だからだめだと言ったんだよ」

「どう言うこと、この人たち誰」


 フラッシュバックするものたちが怖い。


「助けて、誰、怖い。 

 誰、いや。

 お兄ちゃん助けて」

「隣にいる。必ずいるよ」

 抱きしめる櫂斗は言った。泣く姿を見たくなかった。


「いなくなってごめんね。

 大丈夫、いるから」


 空から降ってくるみたいだった。力強くも綺麗な声は、月みたいだった。

 これは私の本当の過去なのだろうか。


 そう思い、璃美は目を閉じた。

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