【第4講】〜君の願い、彼の思い2〜


 走り出した緋樹は息切れしながら璃美の部屋へと着く。

 扉をドンドンとたたき、騒音や今までの周りを気にしていた気持ちなんてどうでもよくなっていて、ただ心配ばかりが募っていた。


「何?」

扉を開ける璃美。怪訝な顔をしていて、寝巻きで髪の毛をかき上げると赤い髪の毛がサラサラと流れ、赤い瞳が見える。


「お前、転校生が誰かわかってるか」

「誰って、赤城櫂斗でしょ。

 私をなんか気に入ってる」

「違う。 アイツが何者かを知ってるか、だ」

 

 焦る緋樹に璃美はたじろいだ。そして蒼が顔を出した。

「無理させないでください」

「違う。 事は急を要する内容なんだ」

「何よ」


 緋樹は静かに、言う。

「”アイツ”だよ。 お前をその姿に変えた」


「……え?」


 瞬間、璃美に衝撃が走る。また緋樹は静かに語り出す。

 蒼は悟ったように、一度寝室の方へと入っていった。

「血の交換は、容姿……主に髪と目の色を交換するんだよ

 大して変わらない奴らも多いから気づかないけど」

「どういうこと? でも、なんでそれがわかったの?

 だってお前が今日したのって私の血飲んだだけでしょ」

「お前の血が王族の味がしたんだよ。わかるだろ。

 不思議に思ってたんだ。

 赤城で櫂斗って名前のやつを聞いたことがなかったから。

 俺も噂程度でしか聞いてないが、10年前に逃げ出した王族の負債……所謂、王族と吸血鬼で子供を作ったやつの子供がいるんだよ」


 長く語る緋樹を遮って、璃美は尋ねる。

「お前、何言ってるかわからない。

 どう繋がるのそれ」

「……だから、お前の家襲ったのが、その赤城櫂斗なんだよ」


 その瞬間、璃美は衝撃と共に顔が青くなっていった。ゆっくりと、目の前の緋樹に確かめるように言う。

「それは合ってるわけ?」

「お前には一度話したことがあると思うけど、血の交換の儀式で吸血鬼になると徐々に変化していく。

 お前の場合、髪が赤くなった日、それが完璧に吸血鬼になった日なわけだが。

 赤城家の人間ってのは髪も目も赤い。

 ただ、転校生であるアイツは違った」

「だから、可能性が高いってこと?」

「可能性というか、それ以外であの一族が髪の毛や目が黒くなる事はない。

 わかるか?

 お前に近寄ってるのはお前が憎んでるやつなんだよ」


 その瞬間、璃美は扉を開け放つ。そして走ろうとした。


「アイツが……!」


 緋樹は璃美を掴む。力強く。加減なんてしなかった。

 それくらいしないと止まらないことがわかっていたからだ。


「何!? 親を殺されたのに私に黙ってろっていうの!」

「そうじゃない、今は落ち着いてないから、やめてほしいだけだ。

 あと、気をつけてほしいだけだ。

 わかるか? 今そんなことをしたらダメだ」

「じゃあ、あんたは、親を殺されたのを許せっていうの!?」

「そうじゃない、落ち着け。

 タイミングなんてここにいればいつだってある」


「あんたにわかるわけない」


 そう言って、璃美は目から涙をゆっくりと流した。

 止める事はしなかった。


「俺は確かにお前じゃないからわからない。

 けど、今はだめだ。

 次止まれない時は止めない。

 約束する。今はとにかく落ち着いてくれ」

「落ち着けるわけないじゃない」そう言って璃美は声を張り上げ、壁を殴った。

 そして部屋へ入る。


「蒼ちゃん、ごめん一人にしてほしい」

 寝室の蒼に声をかける。流石の緋樹も何も言えなかった。

「わかった。わかったから、一人にして」

「わかった」

 そして緋樹は部屋からさっていく。置いてかれたのは、小さなナイフと包んである綺麗なハンカチ。

 記憶に残っているのはどこまでも幸せだった家庭と殺害現場、そして吸血鬼にされたこと。


 記憶が急速に思い出される。

 お母さんが作ってくれたご飯。お父さんが優しく毎日連れ出してくれた事。

 父と母は恋愛結婚で稀に見るくらい仲良しだった。

 父と母は見た目も良いことから友人から褒められることも多かった。だが、そこに見栄を張ることなく優しい親であった。

 どうしてこんなことになってしまったのか、と悩む日々が始まったのは私が近くの公園で遅くまで遊んでしまっていたことにある。

 14歳、反抗期もあり少し公園で一人耽っていたい気分の時があったのだ。

 赤い髪の毛の伸ばしっぱなしの髪の毛の男が現れたのだ。

「お兄さんの髪の毛綺麗だね」

 きっとこれが原因だと思っている。


 たまに遊ぶようになった名前も知らない男の人。

 そう、知らない人にはついて行ってはいけない。そういうことだ。

 私を見て微笑む赤い髪の男はある日、家に送っていくと言った。


「きっと、璃美ちゃんの親御さんはいい人たちなんだろうな」

 そんなことを言う男に親の自慢をしながら少し早足で家に帰っていく。


 ピンポーン


 確か、その日はいつもより遅い時間だった。

 母が出ると、それは始まった。

 

 男は隠し持っていたのであろうナイフを母に刺した。頸動脈を2度3度。

 母が逃げてと叫んでいた。私は母の言う通りに公園へと逃げ帰った。

 

 何時間待っても迎えが来ない。


「お父さんは、まだ帰ってないのかな……お母さんが」


 泣きじゃくる自分は弱いと思った。

 そう思った私は、家へと足を向けた。

 恐ろしかった。でも、どうすることもできない私が家に帰ると、そこにいたのは私の父の血を啜る赤い髪の毛の男だった。


 私の足音に気付いたのであろう男はこちらを見てにっこりと笑った。

「邪魔だったんだ、君の両親」


 私は凍りついて、父と母を見る。

 言葉なんて出なかった。

 今にして思えば、交番に行けばよかったのだ。

 だが、浅はかな私は何も考えてなんていなかった。

 いや、考え付かなかった。


「……次は私?」


 そう私が、小さくつぶやくと男はにっこりと笑って私に言った。


「違うよ。君は僕の番になってもらうんだ」


 意味がわからなかった。


「つ、つがい……?」


 その瞬間だった。血の気がひいている首筋に男が噛み付いてきた。

 そして、私が倒れるところで血を飲むのをやめた。

 男は小さく言った。これくらいか、と。


 すると、私に自分の腕を切って口に含むと、私に口移ししてきた。

 何度も、何度も。

 もちろん抵抗をした。だが、すごく力が強く、逃げ出すことなんてできなかった。


「うん、これで君は僕のものだ」


 笑った男に私はどうすることもできずに呆然としていた。

 そう、私はこの時は何もすることができなかったのだ。


 生き残った私は、叔母に引き取られ親とのつながりすら取られてしまった。



「絶対に許さない」

 璃美の決意が固まった瞬間だった。

 吸血鬼で男とはいえ、弱らせて陽の光の元に出せばひとたまりもないだろう。

 それならば、自分の手でやればいいのだと璃美は思った。

 涙は拭かない。流れる涙は私の恨みだ。


 今なら番の意味もわかる。だがそんなのごめんだ。

「とっとと殺して、仇を撃つんだ」


 そういって、璃美はベッドに戻ることなく、珍しく学校へといくために寝始めたのだった。

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