【第4講】〜君の願い、彼の思い1〜

 転入生が来てから、1週間、2週間と経っていた。 夜な夜な今日も姫を探す為に寮を出る。

 いつもと違うのはどう考えても飢えている状態の璃美をつれてという事。

 緋樹はため息を璃美の横で盛大に付いた。


「何?」

 お前がきちんと飯のときの血飲まないからだろ、という事は言いずらい。


「なんでもない」

「ふうん」


 今まで、姫を探しているとは言ったが方法は言っていない。

 もし、緋樹が血を使うと言っていたら璃美はついてはこなかっただろう。

 けれど、現在付いてきているので、事後承諾というで良いとする事にした。


 最近の璃美は、あまり夜の授業に出ないのはいつもどおりなのだが、時々出る夜の授業では、 隣の席の赤城櫂斗がどうも構ってくる、と璃美が恥かしげに語っていた。

 友達を横取りされた気 分であまり良い気がしない。

 もやもやしてイライラする。


 それじゃあまるで、恋愛小説の王道を通っているようだ。

 敵が現われて恋発覚!? 

 そんな馬鹿げた話は無い。


「緑町、公園?」


 来た場所に疑問を覚えたのか、素っ頓きょうな声を上げる。


「そう、公園で探すんだ」

「どうやって? 大声でも上げんの?」

「んな、近所迷惑な真似するか」


 そういうと、砂場に近づいて、ナイフを取り出す。

 璃美は唖然とした。目の前でリストカット をする緋樹が居るからだ。


「なにやってんの? 自殺する気!?」

「違うって、ただ単に血を流すだけだって」

「は、なんで?」

「姫は血に寄せられるから」

「なに、その飛んで火に入る夏の虫的なことは」


 怪訝な顔をする璃美に緋樹はコレが一番確実なんだよ、と頭を掻きながら答える。

 怪訝になっている理由に飢えは絶対入っている。

 待ち始めて、1時間は経過しようとしていた。

 緋樹は沈黙の中を打ち破るように、璃美に声を かけた美から小さく返事が来る。


「それ、飲めって意味?」

「ああ、どうせだから飲めって意味」


 もう、血が止まってしまった腕から飲むことは叶わない。

 この前のような真似は出来ないのだ。緋樹は確実に璃美に諦めろといってくる。

 璃美は心からの抵抗とばかりにあからさまに嫌そうな顔をする。


「飲みたくない」

「飲んどけって」

「嫌」

「理性飛ぶぞ」

「知らない、また数年は飲まない」


 背を向けて、意地を張り続ける璃美に対して緋樹は血が上る音と、プチッとどこかの血管が切れる音がした。


「黙って、のんどきゃ良いんだよ。お前は」


 切れる音は自分の理性という糸と璃美との間の境界線。

 全てがガラガラと音を立てている。

 ビクつく璃美が目の前に。緋樹は璃美に近寄り、自分の腕に牙を立て、血を口に含む。


 重なる口に流れてくる血。大量の血。 璃美はまた泣いた。

 緋樹は罪悪感に苛まれながらも、自分の理性を押さえられずに、そのまま璃美の首へと顔を移動させ、埋めた。


「ダメ、やめて!」


 理性を取り戻せ! と叫ぶも璃美の声は届いていて、それがとても煽られた。ブツリと刺さる 感覚。恐怖の記憶の感覚。


「いや」


 叫べないほどの恐怖が、璃美を駆け抜けた。けれど、目の前の人間は、緋樹。友達の、信頼している、友達。

 目の前は、誰でもなく、 誰だろう。

 首から離される顔。 栗色の髪をした傲慢な友達が、傷ついたように笑っている。


「多分、元人間にはわかんない感情だよ」


 それと同時に暗くなる視界。

 小さく、ゴメンといわれた気がして、意地で涙を引っ込めた。


 起きると、そこは医療室で、璃美の腕には太い輸血管の点滴が射されていた。


 「輸血かよ」

  璃美は仕向けた相手を理解し、不機嫌そうに吐き捨て、針を抜いた。 嫌われ者の璃美の相手を好 んでするものは居ない。

 何をしようと干渉されない。 璃美は医療室から抜け出し、自分の部屋へ入 った、


 数分後、自分の部屋の前で小さな少女がギャーギャーと喚いている声がドア越しに聴こえた。

 誰とも知れない、

 その少女は緋樹とは正反対のまるであの時言っていた少女のようだ。

 しかし、緋樹を目の前に変態、ストーカー、拉致すんなと罵詈雑言を尽くす少女など見たことが無かった。


 璃美は飛び切りのもてなしをしようと、鍵が開いたと同時にとび蹴りを食らわせた。


緋樹に。


「…っ!」

「なに、人に勝手に輸血してくれてんだよ。飲みやがってクソ」


璃美は緋樹に掴みかかり、緋樹は苦笑いだ。


「あの…..…..誰ですか?」

「お前、コイツと一緒に居ろ。

 なあ、おい、お前の部屋、たしか、俺と同じでベッドとか余ってたよな?」


「まあ、残ってるけど」

「いいよな?」

「……はいはい、いいよ。ほら、入りな? お姫様」


「お姫様」と言う単語に対して不可思議そうにする女の子を手招いて部屋に入れる。

 緋樹は例によって腹を立てていたのでドアを激しく閉めて入ることを禁じた。


 部屋の中で少女はおどおどとしていた。小さくて、女の子らしい。気弱な感じが保護欲を誘う 可愛い少女だ。


「緋樹は、なにも教えてくれなかったの?」

「何もって言うか、あの変態なんなんですか?」


 変態、と言う発言に笑いが出るので精一杯になった。


「アイツは悪い奴じゃないよ、ただねえ、あいつはさ、有名な吸血鬼の王子さまだからさ」


 イスにかけさせ、冷蔵庫から麦茶を取り出す。こぽこぽという心地よい耳を叩く音と、少女の声。


「本当に王子だったんですか」

「うん、アイツも大変なのよ。

君を見つけなきゃ、あと一ヶ月もしないで死ぬとこだった」

「なんで私をっ」

「それは、魔界の王にでも聞いてよ、私の知ることではないよ、はい」


 コップを手渡し、自分も座る。あまりにも心が綺麗で疲れてしまう。 少女はなんでなんでと聞いてくる。気持ちはよく分る、けれども、今は聞かれたくない。 心が疲れてしまうからだ。


「アイツはきっと君を大切にしてくれるよ。

--そういえば、名前は?」


「空野蒼です」

「綺麗ね。私は山岡璃美」


「そうなんですか? ちょっとイメージじゃなかったです」

「そう?」

「ええ」

「まあ、元は違うんだけどね」


 そういうと「元?」と蒼は言った。よくわからなそうな顔で、赤茶色の短い髪の毛をふわふわとさせて、璃美に聞いた。


「私、一度叔母に引き取られたのよ。

 前の苗字は紗羅。

 よく私の名前は間違えられてたかな」

「ああ、そうなんですね。 でもその方が似合ってます」

「うん、 私も気に入ってたよ」


 璃美は遠くを見た。私の記憶。

 私だけの記憶。

 緋樹には共有したが璃美と”アイツ”だけが鮮明だ。


「詳しいことは言えないけど、簡単に言うと私は元人間なのよ」

「というと?」

「あなたと同じだったってことよ。

 取って食ったりはしない。

 というか、私は吸血が嫌い」


 そう言うと、青ざめた顔で蒼が璃美に抱きついてきた。


「そんな! 吸血できてないのに変態に吸われていたんですか!

 可哀想……こんなに綺麗で素敵だから狙われたんだ」

「そんなことはないよ。気まぐれでしょあいつの」

 そしてまた、璃美は遠くを見つめていた。





 姫が見つかり、安心した緋樹だったが、別のことに気を取られていた。

「……血が、甘かった」


 それだけのことなのだけど。あの甘さは異常だった。いつもの自分の血のような、いやそれを一層濃くしたような甘さだった。

 どういうことなのだろうかと考えても思い当たることがない。


「他人の血でこんなに怖いと思ったのは初めてだ」


 王子は姫の血以外は甘く感じないはずだった。だが、璃美の血は違う甘さのような気もしたが、姫が二人いると言うパターンなのか? と頭の中をぐるぐるさせている。


 璃美は吸血鬼だ。 姫になり得るわけがない。

 赤城の血が入っている女である。


「もしかして」

 そう言うと、緋樹は璃美の部屋へと向かっていった。

 こんなにも焦ったことはない。璃美はもう気づいているのだろうか。

 気づいていないとしたら、危ない。

 そんな感情が緋樹を巡っていた。

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