【第3講】〜 見えない課題を探す人たち2〜

「おらっ」

 緋樹は何故か持っているスペアキィで璃美の部屋の鍵を開けてベッドに居る璃美に声を荒げた。

 璃美は安眠妨害にあっている現状に腹が立って、枕を投げつける。


「うるせえっ人が惰眠貪ってる時に何の用件だ!」

「もう登校時刻迫ってんだよ! 自分で惰眠って分かってんだったら起きろ! 今日、転校生がくるんだよ」

「は? 関係ないじゃん」

と言い切るともぞもぞと布団に入る。


 風呂に入って制服着るって言ったのどこのどいつだ。 緋樹は制服にまで着替えているのに毛布に包まって出ようとしない璃美を残念そうに見つめる。

 璃美はどう考えてもいくのを誘発しようとしているその目が屈辱的で腹が立った。


「何」

「約束は?」

「約束はしてないし」


 確かにしてはいない。だがあれは約束をしたに等しい。 璃美は眠気でうつらうつらしながら緋樹を睨みつける。

 緋樹も負けじと睨みつける。

 睨めっこだ。


「行くって意味じゃねえのかよ」

「なんかだるくなった」

「おまえなぁ。取り敢えず、トピックなニュースもあるんだからそれを見に行くぞ」

「えー。 じゃあ、後でなんかおごって」

「おごれる範囲なら」


 ゆっくりと毛布を捨てて、目を擦る。起こしてもらっといてありがとうと言えない所が璃美の真髄だ。

 可愛げがないにも程がある。 緋樹は璃美の荷物を持ってやって、嫌がる璃美の首根っこを掴んでずるずると引きずる。


「え、ちょ……やめろ!」

「知るか」

「緋樹、アンタ後で覚えてろよ!」

「ハイハイ」


 チャイムの音など気にせず、悠々と引きずりながら歩く、引きずられている当の璃美は本読みだす始末である。

 自由に程がある。

 

 教室の扉を開ける。視線が集中してくるのはよくあることだ。

 目の前には今日、転入してきた生徒 漆黒の髪をしていて、 前髪が視界の邪魔をしていてうざったそうだ。

 その少し大人びた青年は、緋樹か璃美か、どちらかは分からないが目をって驚いている。


「紗羅……」


 小さな声で確かに聴こえた驚きの声は璃美には聴こえなかったようで、璃美は引きずっている


 緋樹に悪態をつく。

「おい、 放せ。

 清々した 疲れた。 ケツ痛い。 どうしてくれる」

 理不尽な悪態をつきながら、立ち上がる璃美を見ながらも同じように悪態をつき返す。


「どうもしねえよ。引きずった方の腕がいてえんだよ。それこそどうしてくれる」

「あーはいはい」


 ココは教室のドアの前。

 要するに、全ての邪魔。 そしてこのコントじみた行為は笑いの前に、

 璃美への敵対心を誘発する。 王子様に漬け込んで、と。


「山岡! 遊びに来るんだったらココに来るんじゃねえよ」

 真面目そうな男子生徒がそういうと、火が付いた様に言葉が出る。 璃美は笑った。


「ちょっと、アンタのせいで遊んだって思われたんだけど」

「知るかよ。俺も遊んだなんて思っちゃいねえんだけど」

「あれじゃない?  ジェラシーってヤツ」

「あぁ、醜いアレな」


 最悪な状況に最悪な言葉をしていく。

 二人は笑いながらこの状況を冷静かつ面白おかしく解説しているが他の人からすれば不愉快である。

 教師はどっちにか分からないが沸点ギリギリのラインで切れそうな顔をしている。


「先生」


 先生はこの凛とした転校生の言葉で教師は転校生の方を見る。

 転校生は清々しいほど冷静な顔でせせら笑う。

 状況の理解が早いようだ。

 こめかみに青筋を浮かべたままの教師は沈痛そうに手で額を押さえる。 もう、このクラスは嫌だとでも思っているのだろうか。


「この耳障りな生徒、黙らせていいですか?」

「は?」


教師の疑間など気にせずに、スタスタと緋樹の前に立つ。 驚きを隠せない緋樹に転校生はこう放つ。


「絶対服従の使いなよ。 向こうの言葉、山岡さん(?)のこと罵倒してるよね。俺、そういうの大嫌いなんだ。 虫唾が走るくらい」

「うーん、俺に聞くな」


 璃美はコレを嬉々と聞いている場合も多い。 どんなに嫌で止めようと、喜んでいるもの勝手に止めるわけにもいかない。

 これは人間で有れる唯一の行為と思っている可能性が高いんだよな……。


「山岡さん、良い?」


 目を合わせるように、少ししゃがんで璃美を見る。 璃は苦笑いで泣きそうな顔をする。


「じゃあ、お願い。 王子様」

「いいよ」


 絶対服従とは王族が使える能力のことを言う。 多くの人が知っていても恐れ多くてさせようなんて思う人はまずいない。

 それをしろというのだ、転校生は肝がかなり据わっている。

 絶対服従の言葉は何か変わることはない、ただ心のそこから黙って欲しいと思うだけでいい。


 そんなものだ。 他人の意思を捻じ曲げられる力、ちょっとマズイよなぁ、と緋樹は思うも璃美が許可しているのでしないわけにもいかない。

 他にも黙らせる方法があるので緋樹は優柔不断に考えたが、有無を言わせない顔が目の前にある。


「まぁ、しょうがねぇか・・・」

「ほら、早く一言でしょ?」

「急かすなよ」


 一呼吸の間、そして大音量が耳を裂く。


黙れ。


 一言しか言っていないというのに、何度もエコーを続けて流れる。 実際は大音量ではない。

 緋樹はけして荒げて声を出したわけではない。 対象の吸血鬼にだけ、大音量かつ、逆らいがたい声に聴こえる。 だから、璃美にも転校生にも大きな声になんて聴こえないし、逆らいがたいものには聴こえない。


「緋樹 シャイね。 声が小さいよ」

「どうでも良い」


 転校生は緋樹に礼を言って、先生の方に戻る。 聴こえなくなった声は有効期限は一応ある。 1時間だ。 1時間たてば全て元に戻る。先生はビックリしたような顔をして、転校生に笑いかけて、一番後ろの席を指定する。 そこは璃美の隣の席だ。


「おい、二人ともいつまで突っ立ってるつもりだ」


 視線だけはやけに痛いがいつものように後ろ指は刺されない。目で刺しているがどうって事無い。

 緋樹は複雑な気分になった。


 黒板に書かれた名前は、 赤城櫂斗。

 聞いたことも無い。 赤城家の黒い髪の男の名だった。

 



 璃美は不思議でならない。 横に居る男が自分に対して妙に璃美の保身を望むような行動ばかりだからだ。


 罵倒を止めただけではない。横でいくらいに大丈夫や気にすること無いと言ってくる。

 はなから気にも留めてなどいないというのに何でこの男は気にしてくるのだろう。


 不思議で、不可解でたまらない。 そして、何故か落ち着くその声に、素直にこたえてしまう自分がどうしようもなく嫌なのだ。

 優しいしぐさで何かを言葉の間際でしようとして、 いつも手がさまよっている。

 この手は何だ。 何をしたい。 何を考えてる。 分からない目の前の人物にやり場の無いもどかしさを感じる。

 

 眠くならない夜の授業で、頬杖をつきながら、目の端に赤坂斗を映す。

黒い髪をした綺麗な男で、中性的だ。

 ただ、視界を絶対に妨げている前髪のせいで全てがお陀仏なくらい残念だ。


 一瞬の出来事だ。

 赤城櫂斗が璃美と視線を合わせて嬉しそうに笑った。


 璃美は恥かしさに捕らえられた。

 盗み見ていたことがばれることほど恥かしいことは無い。



 何で見つかったんだ。何で見たんだ。 少し前の自分を璃美は呪った。

 すぐさま目をそらしたが、横から視線が刺さるようだ。

 

 馬鹿だと思われているのだろう。 馬鹿なのだろう。どうせ馬鹿だろう。


 自暴自棄に璃美らしく なくそう思った。

 クスリと笑う音が聞こえてもっと恥かしく、顔に熱が溜まっている気がする。


「赤城さん。なんなんですか」


 小声で、 赤城櫂斗に訴える。

 赤城櫂斗はいけしゃあしゃあとした顔で妖艶に笑って見せた。

 前髪をきちんと切れば男も女も 惚れるような顔をしているだろう。

 璃美は一人でそう思ったが笑って誤魔化そうなんてふざけるな、だ。


「初めて会ったのに何でこんなに私に構うんですか?」

「何となく」

「はぁ? ふざけないで下さい。 貴族のお遊びに私は付き合う気ないですよ」

「お遊びのつもりは無いけど?」


 いたって真面目といった顔で見てくるが意味が分からない。

 転校生でいろんな人がよってもいいというのに、「今日はちょっと」断ってずっと璃美に構っているのだ。

 何か思うところがあってしているのだろう。


「じゃあ、なんなんですか」

「なんとも言えない、 かなぁ。 深い意味も無い」

「あぁ、もう、深い意味無いじゃないですよ。何で私に構うんですか」


 また妖艶に笑った。

 璃美はその余裕の表情に苛立って睨む。

 人に初めて笑って誤魔化された。

 横からの視線が凄く恥かしくて、隠すようにうつぶせて、授業の内容を聞き流した。





 吸血鬼にとっての夕方、夜1時に校長室では大きな足音が校長の柊を驚かせていた。ドアを蹴り飛ばしたのだ、半開きだったお陰で損壊は免れたが少しへこみと足跡が付いている。


「ふざけるな、コノ似非校長!」

「は?」


「山岡璃美、どう考えても、俺の紗羅”だ」


「ちょっとまて、何言ってるか分からん」

 凄い剣幕で、櫂斗は校長を怒鳴る。

 隣の職員室にも聴こえそうな勢いだ。柊は顔を顰めて話を聞く。

 似てるだけもあるだろうと、思ったが言えば殺されそうな勢いだ。


「山岡璃美、璃美って名前だけでもどう考えても紗羅だっていうのに、顔! どうなってんですか。 しっかり過去さらってあるんじゃないんですか?」

「あの子の場合は・・・施設からだから色々違うんだよ」

「現在のだけとかぬかすんですか」


 無言の肯定がムカつく。

 少しは違うだの、あーだの、うーで抵抗しろ。腹の居所がわるくて、

 目の前の校長をしばき倒したくなる。

 コレが自分の器の小ささだとおもうとそれも癪なので意地でこぶしを押さえる。


紗羅、紗羅。呼ぶとすぐに来る。 笑ってくる。 あぁ、あの時の幻想に俺は囚われてる。


「だが、俺は紗羅という人物を知らない。 お前がアレを紗羅ってやつだと思うならそうなんだろう。けどな、何があるか分かんないが、俺の所為ではないだろ?」

「まぁ」

「高齢者のくせに心は餓鬼だな。」

「スイマセンね。精神年齢も体も、16歳なんで」


校長はハッと鼻で笑って櫂斗を見る。 教職者にあるまじき人間だ。


「だから、自分でどうにかしやがれ、少年」

「……校長、良い死に方しませんよ」


 櫂斗は不吉な言葉を残して、校長室を出る。


「良い死に方って…..、アイツに俺殺されんの?」 不吉な言葉は校長の耳に残った。





 この匂いはいい匂いとはいえないだろう。

 血の匂い。夕食に出た血は人間から採血されたものらしい。飲んでいてあまりおいしいものと は思えなかった。

 駁は来ない櫂斗をずっと待っていた。


 今まで血を飲むのはお互いのだけで、初めて飲む櫂斗以外の血は苦かった。

 それをおいしそうに飲んでいる奴すら居て、スゲェと櫂斗の前では絶対言わないような口汚い言葉で感嘆を漏らした。


 櫂斗の転入の挨拶はどうも修羅場だったらしい。

 いろいろな人の記憶を読んだ限りそういうことだった。王子を手玉にとって、女を守ったとか、守らないとか、王子の目をつけている女の子を横取りしたとか、しないとか。


 駁にはどうも話が読めない。

 どういう意味だよ、と眉を顰めて 周りを見渡す。ただ一つ分かる事は髪が黒いこと不可解な目で櫂斗の事を見ているといことは分 かっ た。


「あぁ、暇だなあ」


深く付き合いたい友達と言えるような子よりも、興味本位で近づいて来る子たちばかりだ。 飯も進まないし、櫂斗さんもこないし。

 駁は完全に萎えていた。どうも周りの状況を飲み込めず、うつらーと、目の前を見ていた。

 ぼうっと見つめる先にはぼやけているが櫂斗が見える。駁は薄く笑って、櫂斗さんと呟く。

 櫂斗は駁の顔を見て馬鹿だろ、と一度小さく呟いた。


「駁が来たいって言ったくせに多くの”人”に怖気づいちゃった?」

「違いますよ、慣れが必要です」


 心読めちゃうから不便なんだろ。

 心で言った言葉に軽く相槌を打つ。

 櫂斗は駁の隣に座って、 駁がおいしいと思えなかった血を平らげ、ご飯に手をつけ始めた。


「血、おいしいですか?」

「……まあ、こんなもんだろ」

「こういうもんですか」

「こういうもんだ」


腑に落ちないが、しょうがないので気にしないようにすることにしたが、ここに入ると同時に約束事が提示されたそれを守れるか、ということについてだけはとても疑問になりつつある。


・人を襲わない

・血を配給以外飲まない

・制服、髪型は乱すな


の三つが提示されたが、二番目の「血を配給以外飲まない」はどうも気が進まない。昨晩、香ってきた血の匂いも腑に落ちない。


 不思議な事ばかりだ。櫂斗さんは何かを察しているようだけど、僕には全く分からない。


「櫂斗さん、いろんな人が色んな噂してましたけど、櫂斗さん何しでかしたんですか?」

「あ……、ちょっと見てられなかったんだよ」

「山岡璃美ですか?」

「そ、紗羅だった」


悲しそうな顔をして、少し目を伏せた。


「気にしない方がいいですよ。 ばれたらいやなんでしょう?」

「ばれても……いいかな。

 いや、ダメか。うん、気にしないようにするよ」


 元気が無い、歯切れが悪い。

 あまりにもいつもと様子が違う櫂斗。駁は何も出来ない。だから、駁はまた一人悩んで櫂斗のことで心を痛める。

 横から、声が飛んでくる。 大きな声、大きな、男と女の声。


「あのなあ! 昨日、血飲んだからって、いきなり大丈夫になるわけじゃねえんだよ。飲め、血!」

「だーかーらっ! あんな人間の体液なんて私に飲めるわけ無いだろ!」

「昨日飲んだだろ!」

「目の錯覚だ」


男は血を飲めと強要し、女は血を飲みたくないと叫んでいる。栗色の、見覚えのある髪が近くの席で揺れている。


「あ、駁、 あれが第一王子」


 櫂斗は表情をぱっと変え、栗色の髪の男を指でさした。駁は昨日の事を思い出し、ああ、感嘆 の会話よりかは低い声だったので、その声に消えて目の声を上げ

る。

 近くでもこの大音量の男女の会話よりかは目立つようなことはなかった。


「じゃあ、あの女の人が、王子様が目をつけてる子ですね」

「そう、なのかな?俺にもわからないけど。 あれが、紗羅」

「髪、真っ赤ですね」

「俺の髪だからな」


 櫂斗さん、それは牽制ですか?  小さく言うと、そういう意味じゃない、ときっぱり否定した。

 やはり、櫂斗さんの言うことはつかめない。


「けど、牽制できるほどの立場に居るなら、したいな」

「そうですか」


 どうしてとは聞けないくらい、綺麗な横顔で櫂斗がいってみせたので、駁は頷くしかなかっ た。彼女が櫂斗さんの切ないくらい優しい気持ちを分かってくれるといいのに、そう思う、転入 の日だった。

 思えば、この時に聞いておけば不完全燃焼な物など無く、僕は、僕は……。

 もう、思っても遅いのかもしれない。


 櫂斗さん、櫂斗さん、櫂斗さん。僕の声、聴こえていますか?

 僕に隠し事なんてなしですよ。

 僕の一生を、あげますから。

 櫂斗さん、櫂斗さん。

 あぁ、もう何も聞けません。

 櫂斗さん、ありがとう。

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