【第2講】〜優しさと吸血行為2〜

 ---ガ欲シイ。

 喉が渇いて苦しい。

 嫌だ。嫌嫌嫌嫌!

 仕舞には発狂してしまいそうなほど苦しくなり、シーツを強く握り締めた。


 始めのころは水が飲みたいのだと思ってずっと水ばかり飲んでいたが、この感情の正体は時間とともに明らかになった。


 私は吸血鬼じゃない。


 認めたくない。という意味のこの言葉は精神安定剤になっていた。

 ……そうだ、と話そう。

 まだ起きてるだろ。


 これが璃美の失態だった。

 だが、彼女が通るべき運命だったともいえよう。

 璃美は気をまぎらそう、携帯を取り出して、連絡を取る。4時に。


 人間の女子だったとすれば、非常識この上ないが、吸血鬼であるところの連絡を取るのだから問題は無いだろう。


「起きてるか?」

 とともに明らかになった。

 ブツリと繋がった先の相手にいう。

 少々睡魔に打たれる時間帯のようだが、 起きているらしい。


「一夜くらい徹夜しても、アンタ、大丈夫よね。アンタの部屋行くから、有無を言わずにあけろ。」

 分かったと言わせるまでの格闘が有ったが、その勝負には頭が覚醒しているぶん、璃美が上手となり、勝てた。


 璃美は着替えて、緋樹の部屋へと向かう。そこで、失態に気付いた。

 甘い匂いが強くなっていく。


「おーい。 あけろ!」


 甘い匂いに飲まれそうでトーンを上げる。同時にドアをトントントントン・・・とノックし続ける。

 近隣の何物でもない音である。ドアを開けようとしない緋樹は居留守を使っているらしいが、部屋の前に入る美は立ち往生しているわけにも行かず、ノンストップでノックを続ける。


「ウルセェ」

 ドアを開けた樹は眉間にしわを寄せる。


「『開けねぇから』じゃないの?アンタの論法的に」

「まあな」

「歯切れが悪いね。入るよ」


 部屋に入ると甘い匂いが狂いそうなほど充満して、くらくらした。

 目が虚ろになっていないかが心配で、 緋樹の顔を見ないでズカズカと寮室内に入る。


「ねぇ、 エロ本とか持ってる?」

「持ってない」


 小綺麗な自分と同じ間取りの部屋は、やはり気が狂いそうなほど甘かった。

 涙目になりながら、正気を保つ。

 緋樹は気付いてないだろう。


「つまらないな」


 舌打ちをして、使っていないほうのベッドに座る。

 すると、緋樹が隣に座り、髪をがっしりと掴んで、自分の方に向かせた。

  頭皮がヒリヒリする。


「何で泣いてんの?」

 一筋だけ流れた涙をみて緋樹は言った。

 別に意味なんて無い。自分でだって分からない。

 ただ、甘い。

 それか、頭皮の痛みだ。


「甘い匂いがする」

「……」


 実直に答えると緋樹は黙ってしまい、机においていた、ナイフを持ち出してきて、自分の手を切った。

 璃美は驚愕のあまり声が出なかった。 何をしでかすんだ、コイツは。


「俺の血の匂いだと思う」

「血? お姫様くらいしか分からないって言う、アレ?」

「そう。お前、王族の血飲んだことあるのか?」

 緋樹は不思議そうにたずねる。


「ないわよ、だって人間だも......」

 頭にガツンと石を当てられた気分だ。

 緋樹と居れば紛らわせると思った発作が、強くなって、息をするのも苦しい。

 苦しさのあまり胸の中心を掴んで動機が収まるように必死に呼吸しようとするも、息はきちんと入っていってくれない。


 ヒューヒュー、 息にならない息をする。


 そんな中、 緋樹は言った。

「飲め。 限界なんだよ。 仕舞には理性をなくすぞ」

 もしそうだとしても認めない。美は差し出した血が滴る腕を理性で跳ね除けた。


 バシンという軽い音が室内に響く。


 変な汗が出る。

 目が回る。

 けれど、頭は持っていかれるわけには行かなかった。


 私は人間だ。

 血を飲むなんて認められない。


「要らない! 私は人なの!  血なんて要らない!」


 それは駄々をこねる子供のように涙を流しながら、拒否をする。

 だが、緋樹は暴れる璃美を壁に押し付けて、自分の血が流れている腕をこじ開けた口に含ませた。

 噛んだら、また血が出てくる。

 だから、この状態で我慢するしかない。 璃美の本能が理性を傾かせ、本能が顔を出した。


 璃美は大きく目を見開いて、小さく声を出していやだと言うが、腕が口に突きつけられている。

 腕が口に突きつけられている為にきちんとした言葉にならなかった。


 ヤバイ。


 そう思ったときには遅かった。 自分の意思とは関係ない。

 腕を自分から手を取って、血を掬うように嘗めとる。 子猫がミルクを飲むような可愛らしいものではなく、欲望丸出しの吸血鬼らしい暮め方だが、涙を流しながら飲むその様はとても守りたいという保護欲を刺激するものだっただろう。


 璃美にとって起こっている事、全ては心とは裏腹な出来事だった。 幼子が好物を食べるように飲んでも要るのに、涙は止まらない。

 どんなに嫌がっても抗えない壁が大きく璃美の前にある。


 それを突きつけたのは、一番信頼していた親友。

 壁が現実にあることを強制的に教えられた。

 璃美の体と頭へ明確に叩き付けた。

 どんなに喜ぶように飲んでいようと、嫌という言葉しか頭の中には浮かばない。

 少しずつ、排樹の手首からは血が止まっていく。 緋樹は血が止まると、腕を引き抜いた。


 まだ。


 本能としか呼べない言葉が要ることがショックで、涙が出る。 枯れてもいいほどの涙が、次々に流れていく。

 けれど、理性では何も言葉は思いつけないくて、美は黙ったまま、緋樹を見上

げた。

 何でこんなことしたの。そんな中、一瞬頭によぎった言葉。

 罵倒、質問

 何でもしたかった。けれど、理由なんて分かりきっている。

 それに、言葉がまとまらない。


 頭の中を流れている、この全ての音が、言葉が、 何ていっているのか自分には理解できない量だった。


 じっと放心状態の璃美は緋樹を見続けていると、緋樹はため息をつき、床に膝を着く。 璃美が少しかがめばすぐそこに首があるような状態で立て膝を突いているのだ。


 璃美は動揺した。

 緋樹は何をしているのだろう。けれど、5年我慢し続けた本能が分かっていた。

本能が、もっと、もっと、と叫んでいる。 血を、望んでいる。


 理性は勝てなかった。5年我慢し続けた理性が、負けた。


「死なない程度にしてくれよ。 お前は容赦ないからな」


 綺麗な顔をして緋樹はクスリと笑って言う。

 腹が立ったがゴメン、その言葉しか璃美には浮かばない。


 璃美は緋樹の首に両腕で抱きつくように絡みつけ、首元に顔を埋めた。

 赤い髪がサラサラと首に当たる。


 鈍い音と共に牙が刺さった。

 甘い血が口いっぱいに入ってきて、喉を沢山通っていく。


 おいしい。


 そう思う本能が気持ち悪い。 何度も何度も口に含む。

 体中の飲み干してしまいたいという願望さえある。

 璃美は最後の理性を振り絞って、口を離した。 緋樹は璃美の頭をなでる。


「泣くなよ」

「この馬鹿野郎」


 お前の所為だ、この期に及んでそんなことはいえなかった。どうしてしたかも分かる。

 どうして強行したかも分かる。

 けれど、泣いている自分がどうしても分からない。

 何か一つでも文句を付ける所なんて無いことは、認めなくてはいけない事実として存在する。

 顔をして腕をはずし、膝の上に拳を作った。


「私…… 吸血鬼じゃないのに」


 俯いた真下にあるジーンズの青色が水滴によって濃くなる。 緋樹は立ち上がって、ナイフを包んでいたハンカチで零れた血を拭く。

 その血で多少濡れたハンカチを璃美に渡す。


「顔に血ついてる」

 ああ、無視か。 そうだろうよ、アンタはそういう人間だ。どんなに悩んでも貶しあう仲。 それが良いとか悪いとかはその時によりけり、璃美は青務をビシッと浮かべて、目のまま、ハンカチを受け取る。


「この鬼畜っ!」


 ハンカチの綺麗な面で先に涙を拭いて、血を拭いた。ちょっとした嫌がらせだが、緋樹は気にしない様子で見ている。ビチョビチョになったハンカチを排樹に渡す。


「珍しく、やる事が普通」

「友達の涙見て笑うなんてサイテー」


 緋樹は笑って受け取ってゴミ箱に平然と捨てる。あれだけ血まみれなら取れないだろうという決断なのだろうが、あのハンカチは高級品だった。

 ハンカチで拭いたのに止まらない涙をそのままにした。


「今さ、俺、誰かさんの所為で貧血だから貧血治った誰かさんから血をもらっていいなら、どっかの漫画みたいに抱きしめてなでてやるよ」


 OKしないって分かってるくせに。 璃見は奥歯をかみ締めた。

 涙は止まらない。

 時々鳴の混ざってついに話せなくなった。

 脳みその中をミキサーでかき混ぜたみたいに考えも今の心情も混ざりすぎていて言葉に出来ない。


 緋樹は璃美の隣に座って、足を組んだ。

 何もせずに、璃美をジッと見る。その行為は璃美に「諦めろ」 そう言い聞かせているような気がして、とても悲しくなった。


 私は違うのに、要らないのに。否定しても要する体。

 緋樹は情緒不安定な璃美が泣き止むまで隣に座って起きていた。つまらないと思えるほどの長い時間を緋樹は一人の友達として起きていた。


 ゆっくりと涙は止まっていく。 涙の前に鳴咽が止んだ。そのお陰で呼吸が一気に楽になる。ぴたりと止んだ涙を拭くと、泣いたことによって熱をもった顔赤みは取れないが、涙は完全に引っこんだ。


「ゴメン」

 まだ少し震える声で横を向いて言う。

「別に。血なら貰えるだけ誉れ高いぜ」

「いや、ハンカチ」

 ゴミ箱を指差して璃美は心と少々裏腹なことをわざと言う。


「腐るほどあるから気にすんな」

「あのさ、眠い」

「ああ、ゴメン。 今すぐココから出るから」


 璃美が立ち上がろうとすると、腕を引かれた。

「今出たら色々疑われるからコレで寝ろ。俺はそっちで寝る」

 毛布も掛け布団もシーツも枕もないただのベッドで寝ろと排樹は言う。

 璃美はコイツ、眠くて判断鈍ってんなぁと思うも、自分が押し入った過程や、色々してもらった恩義もあるので、黙って承知した。


 緋樹はベッドの毛布を被って寝る。璃美はそのまま天上を向いた。 眠りは璃美を導いて、今までにない深い眠りに落ちた。

 けれども、眠りに入る前にやはり思った。

 いいのか、コレ。

 帰っても恐い気がしたので、気にするのはやめようと決め込んで、午前十一時、二人は寝入ったのだった。


「璃美、起きろ。 月曜だ、朝だ、つーよりも、夕方だ」

 大音量の声は鼓膜が破れる程、耳に響く。 璃美は音に叩かれるように起こされて、不機嫌なまま、目の前にいる人物を睨んだ。


「煩い」

「低血圧、起きろ。 寝不足してた付けが回ってるぞ」


 目の前にいる人物はもちろん、 緋樹である。 しかもあの時来ていた私服ではなく、制服のところを見ると、午後なのだろう。

  頭の血がさーっと引く。


「もしかして、寝不足解消しちゃってたりするの?」

「するな」


 一日グッスリだ。 と時計を指す。

「ちょっと待って、制服着る時間は、風呂はいる時間はある?」

「…後、一時間半」

「ギリギリ大丈夫」

 璃美はいつの間にか被っていた毛布をなげすてて、 立ち上がり、 緋樹の寮室を出る。

 疑われるだのって言っていたが、この時間は何も疑われないのだろうかと、自分の寮までの廊下を走りながら璃美は思った。


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