【第2講】〜優しさと吸血行為1〜

 赤城という王族に仕える有力な一級貴族の一族がある。


 赤城一族はいつでも優しい温厚な人格だが一度怒らせると尋常じゃなく恐いと言われる。

 執念深くも愛らしい一族で、と人々の畏怖を買っていることもある。

 彼ら、赤城家の者は深紅より深い赤色の瞳と髪で肌が一際白いという特徴ももつことから、 朱一族という別名も持っている。


 璃美の容姿は赤城一族そのものだった。けれど、気性があまりにも違う。 璃美は大人しい、赤城一族の様な静かな炎とは違い、激しく燃え盛り、最高潮に達した瞬間に消えてなくなってしまいそうな危うさがある。


「私はこの髪と瞳が大嫌い」


 ある時、面と向かって、髪を引っ張りながら言ったこの言葉が衝撃的だった。そして、赤城家の人間だったら勘当されかねない言葉だな、とその時思ったのことを緋樹は覚えている。

 

 沢山の寮室の前を歩いた時に一際派手なドアがあるのを覚えている。 それは自分がしたとは思えない落書きの応酬で酷いとさえ思えるものだった。今もドアの状態は変わらないが、その当時の緋樹は興味で立ち止まった。


「山岡璃美、ね……」


 ネームプレートの名前を思わず呟く。 その見たネームプレートにも「売女」だの「死ね」だの相手にするのも、面倒そうな言葉たちが書かれている。 消すのも、面倒のだろうか、と緋樹はふと思ったが深く気にもせずに教室へと立ち止まった足を進めた。


 山岡璃美は同じクラスだったらしい。

 自分自身、周りを気にするタイプではなかったが、転校生を見落とすほど、 適当になっていたことにちょっとしたショックを覚えて、頭をかかえる。

 けれど、その山岡璃美は教室には来ず、そのままホームルームが始まり、滞りなく授業が始まった。

 山岡璃美は居ないのに、 欠席はなしとされていて、緋樹には意味が分からなかった。


 けれど、そんなことの真相はすぐ分かる。

 頬杖をついて先生の話を聞いていると、一人の長い紅い髪の女が凛とした姿で堂々とクラスの中に入ってきた。

 慎ましさの欠片が無い派手な入り方で、人の目が赤の方にいくが、周りのやつ等はすぐに目をそらす。

 緋樹は赤城家の人間かと目で少し追う。 赤城の分家には山岡という姓は無かったので、もしかしたらと思ったがちょっとした間に

抹消された。


 そして、誰も居ない後ろの席に着く。

「山岡さん。遅刻ですよ」

 男性教師が声を張り上げていった。

 ああ、あの部屋の主か、 と排樹は納得した。

 しかし、山岡という聴いたこともない姓ということが抹消されたところから引き上げられたことによって消化不良物としてもやもやしている。


 山岡璃美は男性教師の言葉を無視して、一度あくびを漏らし、ノートを何冊か出して、書き始める。


「話を聞け!」


 男性教師は山岡に近づいていく。

 それと共に戦室内がざわめきだした。

 耳が痛い会話を今でも緋樹は覚えている。

 それで緋樹のなかで、全てが繋がったことも確かな事実だ。

 簡単なことほど忘れてしまうものだからだ。



 あの子、元人間らしいよ。

 ええ? 赤城様の方かとおもったに?

 そう、私も最初はそう思ってたんだけど。 私たちのことが消したいから、私たちと同族になったとか。

 それって……汚らわしいわね。



 根も葉も無い噂は興味本意から広がる。 クラス中の会話はそのことで持ちきりだ。 元人間という言葉は奴隷と同じ意味を成す場合が多い。

 吸血鬼が人間を奴隷として使うために吸血鬼にする場合も時折あるからだ。


 元人間、それで赤城のように成るといったら、一つしかない。 緋樹の中ですぐに結論は出た。

 気付けば、男性教師の説教が始まっていた。 緋樹はこの男性教師の怒鳴り声は聞いたことが無いので初めてだろう。


 山岡璃美は気にしない様子でシャーペンをノートにすべらせて、何かを書き続けている。

 男性教師はその態度が気に食わなかったらしくノートを取り上げた。

 何だこれはという声の音源は目した男性教師。

 そのノートの内容は今でも璃美は話さない。


 山岡璃美は男性教師からノートを奪い返すと、また何かを書く、書く、書く。男性教師は恐怖するような顔をしてから、戻っていき授業を再開した。

 興味がわいた。

 何もせず、何も気にせず、そして何よりも赤城一族の容貌をしているということが緋樹の好奇心を掻き立てた。

 緋樹自身、王子という身分で色々させられてきたが人間を吸血鬼に変えたことは無い。

 璃美は確実に血の交換によって作られた吸血鬼だ。


 血の交換というのは、吸血鬼が人間に血を与え、その血と同量の血を提供した人間からもらうという方法からされている。

 その吸血鬼は与えた血の分力と寿命をなくし、人間は与えられた血の分、力と寿命をもらうということになるので、貴族階級以上の吸血鬼は好まない方法である。


 吸血鬼の王子であるが血を薄める行為などすることは許されるはずもなく、緋樹はした事が無かった。

 王の血が途絶えてしまうと多くの重臣達が懸念するからである。

 授業後、緋樹は廊下に出ていた山岡璃美を呼び止めた。廊下に居た多くの生徒と教師が、目を見開いて、緋樹に声をかける。


  皆言うことは同じだ。

「緋樹様、危険です」

 いざとなれば、絶対服従という王族が使える力 を使えばいい。


 緋樹はそう思っていたので、何も危険なことなんて無いと思っていた。

 だから、周りに馬鹿らしいと思いながらも、笑って言う。


「俺がすることに文句をつける気?」

 機嫌取りが何もできる筈が無い。

 死んだら学校の恥だから嫌なんだろ、と強気に思ったとおり、彼らは蜘蛛の子が散るように去っていった。

 けれど、ある一定の距離で止まり、こちらを見ている。なれたことだが迷惑な話だと緋樹は思う。


「山岡璃美だよな」

 いつまでも、自分の方を向いて猫も被らず、真直ぐと見つめていた山岡璃美にもう一度声をかける。

「私なんかに何の用ですか。 王子様」

 凄く軽蔑混じりな目とその声は緋樹を軽視する貴族のそれより純粋な敵意で出来ていた。

 だから、緋樹は確信こそ無いが山岡璃美という人間が吸血鬼を惨殺すると言う理由で吸血鬼になった訳ではない気がしたが、口からは言葉が滑り出してくる。


「俺らが嫌いなくせに血の分割してもらったって噂は本当なのか?」


 山岡璃美は怪訝な顔をして、 緋樹を見る。

 王子を王子として見ているようだが、とうとう頭逝ったかコイツくらいに思ってそうだ。

 言ってもないことを、何を聴こえても無いことを、何という事だろう。

 緋樹は目に見えて感情垂れ流しな璃美を見ながら精神的に遠くを見たくなったが王子によくそんなこと思える事態が璃美の稀有なところであろう。


「俺等を消すために消すために吸血鬼になったって話」

「知らない。 嫌いですらないし」

「にしては噛み付くな」


 山岡璃美は、めんどくさそうにため息をつくと、斜め下を向いて、廊下の床を見る。

 少しずつ視線を上げて、最後には眉間にしわを寄せた山岡璃美が排樹を睨む。


「貴族が嫌いなの」

「権力を行使したり、人間を勝手に吸血鬼に変えたり・・・」

「人間を道具としか思っていない、あいつらが大嫌いなの」


 まぁ、吸血鬼を下に見てる人間もいるから、それも嫌いだけどね。と吐き出すように言った。


「噂?」

 吸血鬼に成りたくて成ったのではなくてされたのか、緋樹は頭を掻いて、その真相に気付いたこの状況をどうするかを悩んだ。 けれど、確かなことを言うのなら、貴族だけではない。


「別に、貴族じゃなくてもそういう風にするやつはいるよ」

「そう…けど、だからこそ私は、この髪が大嫌い。 目も抉りたいほど大嫌い」


 長い髪を引っ張る山岡璃美は今にも泣きそうな自嘲をして危うく見えた。痛々しい傷が目の端に移る。

 何もいえなくて、やけに長すぎる髪を見て、一言。


「嫌いなわりに長いな」

「意味なんて無いよ。 長い方がまとめられて楽でしょ?」


 山岡璃美は単純明快な考え方とそれに反する矛盾を抱えている人間で分かりやすくて面白いと思った。

 実際、今も話していて楽だ。

 気付けば今のような関係に成っていた。 異色同士でウマが合ったが最初の内は教師や周りの人たちが引き剥がそうとしたりもしていた。


 それに気付かない璃美はある意味最強だ、とその一連の時に緋樹は実感した。

璃美は学校の中で緋樹について一番知っているといっても良いほど、仲が良い。

回想に耽っていた緋樹は、実に感傷的だった。


 命の危機にさらされると人はこれほど感傷的になってしまうのかと寮のベッドに座りながら思う。

 まともな友達の存在というのが、美しかいないというのも問題の一因だろう。  まるで恋焦がれているような回想をしてしまっている。

 璃美は見てきた女性の中では飛びぬけて綺麗だが、コレといって何も感じたことは無い。

 そこには対等な友達という立場しかなく、それが互いに心地よいと思っているのだ。


 友達として、 璃美に思う何かがあるとすれば、血を飲めということだ。 吸血鬼は血なしでは生きていけない。 それは理性を保つ為でもある。 元人間というハンデを背負って吸血衝動を5年も保っていることは凄いことだ。 そうとう吸血鬼としても人間としても璃美が強い証である。


「姫か……」


 呟きは天上に吸い込まれて消える。

 自分が殺されるまでのリミットは1ヶ月あるかないかといった程度。

 王は思い病にかかっていて、余命宣告されていることも緋樹は知っているが、王はそもそも、自分勝手をした人だったので、個人的に何かしらの思いは無いが、父が死ぬのだからやはり痛んでいる気持ちはある。


 ただ、何を思っていいのか分からないもどかしいこの気持ちを持て余すだを見つけられず、殺される時は王の重臣の人間に血を分け与えなくてはならない。

緋樹はそれだけは絶対いやだった。


 だから、見つけなければならない、姫を。


 緋樹は立ちあがる姫を見つける方法の最有力なのは、自分の血を撒くこと。 王族の血は、飲んだことのある人と、姫以外は反応できないようになっている。 血の匂いだと分からないのだ。


 姫は蜜に寄せられる虫方式で血に寄せられ、吸血鬼の生臭さが無いのが分かるのですぐ見つかるのだ。


 土曜日の夜は三日月が綺麗な夜だった。静かで綺麗な黄金色の月だった。寮をでて、 学校の敷地を出たのは1時。

 車の通行が少なく、辺りも静かだった。


 血を撒くのはいいが、血痕が残るのはとても問題になるので、砂場まで行き、そこで持ってきていたナイフで手首を切った。

 血はバタバタと地面をどんどん濡らしていく。

 自然治癒力ですぐに傷が消える。 緋樹はそれをみると、砂場の濡れた箇所を踏みにじり、ならしていく。

 服のポケットからハンカチを取り出し、手首についた血を拭き、ナイフを包んで、また、服の中に入れる。

 すると、この公園近くから声が聴こえた。緋樹はびくりと肩を震わせて、声に耳を傾ける。

 男の声。二人。


「懐かしい匂いですね」

「まぁ、そうだね」


 緋樹は公園を横切ろうとしている二人の人物にガクリと肩を落とした。 姫ではなく吸血鬼だ。

 特有の生臭さがあるからだ。 よかったと思っているか思ってないかといえば、 緋樹は思ってしまった。

 緋樹は本当に男色趣味が無いからである。

 腕時計はゆっくりと動いていく。 緋樹が見ると時計は三時を指していた。 これ以上待っていても意味が無いと思い、その場から離れていった。


 璃美はベッドの中で小さくなっていた。

 喧せ返る甘い香りが自分を呼んでいるような気がした。

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