【第1講】〜 嘘の記憶の代償2〜
街頭が煌びやかに光る夜。
一人の青年がアパートの中で気だるげに目を覚ました。
蛍光灯でもまぶしく感じる体は不便だと思いつつ、目を薄っすらと開けている赤城櫂斗は黒い髪の毛をかき上げる。
髪の毛は視界を邪魔するほど長く、切らなきゃなぁと考えつつも、面倒がっている。
彼は起き上がって、布団から出る。
一連の作業もめんどくさいと思うのか? と眉間に皺を寄せながら一人、本気で自問している。
青年だが吸血鬼より長生きしている櫂斗は逃亡者。 外観年齢は一六歳位だが、実際吸血鬼の年齢にすれば二千歳位になる。
外観年齢が低いのは彼にとって凄く都合が悪い。
櫂斗の場合、童顔や若作りではない。並み吸血鬼より 成長・老いが8倍以上遅い。そのため、能力的にどんなに長けていようと、見た目の問題で働けない場合が多い。
近年、成長が多少早くなっている傾向があるが、それでも他の吸血鬼の四倍はあるだろう。それは逃亡の身の上、かなり都合が悪かった。
四代……正確には五代も吸血鬼の王を見る子供なんて気持ち悪いな、櫂斗は嘲笑した。
必要最小限しかない部屋を見渡す。 質素すぎる部屋は寂しさがある。
「そろそろ、ココもばれるかな」
呟いて、必要最低限の荷物を鞄に詰めはじめる。
そこそこ大きめのかばんに沢山の空間が出来るくらいに少ない荷物。
あぁ、駁のぶんも詰めなきゃなぁ。
ぼんやりと考えた。
5年の時間は櫂斗にとっては瞬き位の時間でしかない。今も昨日のことのように思い出せる。
彼にとっては短すぎる時間で、自分の場所を突き止める貴族と親族もどきに辟易していた。
あぁ、とため息を吐いた。そして顔を歪める。
なんてことを考えてるんだ。 考えても意味が無い。 なぜなら5年前に終わってしまっていることだからだ。
「気付いたら遅いこともありますよね」
「人の心が読めるからって、読まないでくれ。
手をブラブラと振って止めろと合図するが、唐突に部屋に入ってきた駁と呼ばれた少年はにっこりと笑って言い切る。
「嫌です。だって、ほら? 吸血鬼になったのコレ手に入れるためでしたし」
「まぁ、俺がしたからしょうがねぇかなぁ……」
櫂斗はうなだれた。 少年に騙されるものじゃない。
死に掛けてたなんて嘘じゃねぇか……と心の中で考えて頭を掻いた。
駁は道で死に掛けていたのを櫃斗が見て、拾った。
応急処置として、吸血鬼にしたのが二人が現在に至るまでの始まりである。
吸血鬼の回復の早さは馬鹿にならない。
怪我程度ならすぐに直ってしまう力があるのだ。
駁は今さっき買ってきたらしい惣菜を備え付けの冷蔵庫に入れながら笑った。
「そうですね」
「だからなあ」
やめてくれ。
「嫌です」
言った事を聞かない従者を持ってしまった。
櫂斗は自分より身長が小さい数の駁を引っ張っ た。制裁だこの野郎。
「よく考えてる、ちっちゃい女の子誰ですか? めちゃくちゃ可愛いんですけど!」
あと、痛いです。と、苦痛を訴えるので櫂斗はつねった状態で手を引き剥がした。ここ、きちんと遮断しておけばよかった。
考えてる女の子のことはあまり駁には話題として触れられたくない。
ついを出て悪態が出る。
「減らず口が……」
「僕は読んでいいのしか読んでいませんよ。 それに、僕はいつ死ぬか分からないんですから!」
だから良いじゃないですか。これが本音で甘えだな。
櫂斗がそう思うと、心を読んだのか、 ぶすくれた顔をして、顔を背ける。
自分は心を読んで感情を見つけるのに、櫂斗は読まずに感情を見つけるからいやだったのだろう。
可愛らしいのやら、めんどくさいのやら。
こうなってしまうと、櫂斗には手がつけられない。 自分が気に食わないことがあると黙ってしまうのは子供らしくて可愛いと捉えるべきか、中学生とも思える位の年になってガキくさいと捉えるべきなんだろう。
可愛さに負けてしまい折れてしまった。
「あーゴメンゴメン。よし、ココを出ようか」
櫂斗は内心上の都合で無理やり押し切る形で駁と家を出る準備を急かす。
家、否アパートの中は遮光カーテンがして有り、朝の光が入らず、蛍光灯の光がまだ小さかっ たのもあり、とても吸血鬼である櫂斗には住みやすい場所だった。そこを離れるのは辛い。
荷物を背負ってドアを開ける。外に出ると、街頭で外はやけに明るかった。もう夏に差しかかる季節で、夜でも深夜なのに妙に空が明るく感じられた。
心の余裕が無い所為か、光の眩しさに顔を歪める。元人間の駁は大変そうだなぁ、と櫂斗の顔を見る。
「外見だけで、実は年ですか?」
と心配そうなだが、失礼なことを言う。櫂斗にとってはありがた迷惑この上ない。
「んなわけあるか! 十六だー」
「実年齢は?」
今度はちゃかした様に調子付いて言う駁に鉄拳が送られる。
ゴーン、ゴーン
頭の中を駆け走る強烈な痛みに伴って生理的な涙がでる。 ゴーンとのような音も一緒に辺りに響いた。頭蓋骨は逝っただろう。
「治るからって頭の骨砕かないで下さい!」
「茶化した罪」
一瞬にして 砕けた手の骨が治ったのを確認してから、 シレッと答え、頭が治るようにポンポンと叩く。
櫂斗は治癒が使えるのだ。
手からやるので神の手と思っていいだろう。
櫂斗は吸血鬼が一人一つもつ特異な能力をいくつも持っている。
それは、彼が良き血統の吸血鬼だと言うことを如実に表している。
力が強いのは王族から順番に一級貴族、 二級貴族となっているからだ。だが、王族以外でいくつもの能力を使えるのはごくごく稀にしか存在せず、櫂斗はとても特別な存在として、 捉えられている。
そんな櫂斗に駁は文句垂れ流しの顔で、舌打ちをする。
「じゃあ、人間での年齢聞きたいです」
一連の駁の行動に櫂斗は文句垂れ流しだった。
似ていないようで二人はそっくりだ。
「2085歳」
「さすが、純血に近いだけありますね」
「読んでなかったんだ?」
周辺情報はもう掴まれていると思っていた櫂斗は実は「お人好し?」と呟く。
「考えていないことが読めますか! 半分くらい遮断していますし!」
駁はキイッと櫂斗を睨みつける。
櫂斗は呆れた。 駁の論法だと、遮断しなければプライバシーなんてものはお構いなしということになってしまう。
「当たり前です。 僕の前で隠し事は許しません」
「俺は駁の愛人じゃなんだけど」
道中には二人のじゃれ合いの後が残っている。
まるで、殺人現場後のような、 血痕が。
ピンピンしている二人の冗談で朝の人たちの町内七不思議になることは間違いないだろう。
まったく、近所迷惑な野郎共である。
今夜はホテルで一泊。明日から、新しい仮住まいを探すようだ。
駁は長い道中の歩きによって溜まった疲労を癒したいらしく、ベッドにダイブして、うつぶせる。その様ははしゃいでいる子供そのままである。
「…で今度はどこ行く気なんですか?」
「決めてない」
「えぇっ!」
じゃぁ。は櫂斗の方を向いて無邪気に笑う。 行きたい場所があるらしい。
「夜紅学園いきません?」
「あー……面倒だな……」
「櫂斗さん以外の方とも話してみたいです」
煌めく瞳を櫂斗に向け、櫂斗は思わず、体をのけぞらせた。だけど、なぁ。 櫂斗は悩んだ。
駁は本気で彼にも長い年月の中で色々考えるところがあるのだろうか、と不安になりながらも、一つクリアしてれば良いことを思いついた。
「なら、” 沙羅”さんが居なければ良いんでしょう?」
「まぁな」
でもなぁ。もう一度、櫂斗は悩んだ。 駁はむうっと頬をハムスターみたいに膨らませて、文句を言う。
「何千年もまだ生きられるんだから、良いじゃないですか?」
「勝手な。 まぁ、確かに100年くらいの我慢は出来るさ。 夜紅学園は不可侵領域だから都合がいいからな」
不可侵領域。
要するに、百年は追われないということだ。 三年おきに家を変えるのにも飽き飽きした気分だったので、とてもラッキーだ。 二人の都合が合致したので、満足そうに二人は笑う。
よし、明日行くぞ。と、櫂斗は駁の二藍色の髪をくしゃっと乱した。 駁は照れながらも嫌そうにする。
「僕、 一応一歳しか変わらないんですけど」
「人間の年齢に差があるからいいんだよ」
「そんなこと言ったら誰も敵いませんよ」
「だろうな」
櫂斗は自嘲気味に俺は普通を憧れてたりするよ。 と独白した。
何かを思い出したらしく櫂斗は微笑ましげに笑う。
駁は心が読めないのがもどかしかった。 何も分からないのだ。 わかって欲しくない気持ちはあるだろう。けれど、分かりたいとは思った。
毒を吐いても、それが構っての合図は自分の分かりやすい回路を笑う。
櫂斗さんにも少しそういう分かりやすいところが有ればいいのに。と思った。
他人をもどかしくさせる人だ。
昔読んだ続き物の厚い小説みたいにすぐ掴めそうな人なのに、まったくつかませてくれなくて、もどかしくさせる人だ。
どんなに、心から慕っても、どんなに感謝をしても。 それは櫂斗にとって幾分の価値があるのだろうか。
駁には分からなかった。だから不意に声をかけたくなった。
お互いにそれぞれのベッドで布団にうずくまる中、背中に声をかける。
「櫂斗さん」
「ん?」
何も考えてなさそうな、軽い声が飛んでくる。
「僕、櫂斗さんに命捧げます」
「前に聞いた」
眠そうで、適当な声。
きっと作ってる眠たそうな声。
「僕の一生を貴方に捧げますから」
「気持ち悪いなぁ」
やはり適当な声。
「秘密ごとなしですよ?」
「あぁ、うんうん」
嘘つきは心の中で思う。
「ホントにですよ。 心のおくまで秘密隠したりしないでくださいよ」
「ハイハイ」
嘘の癖に。
シーツを強く握り締めた。
「信じられないです」
「なんで?」
「愛ゆえです」
「愛か」
「愛です」
そう言うとが言い終えると、も櫂斗も眠りにつく。
明日は早い。
夜紅学園は都心の方。
ここから数十キロという距離だ。 体力は吸血鬼なのであるけれど、歩きは気分的に鬱になるなぁと櫂斗は一瞬思った。
睡魔は二人を夢へと誘う。呼吸音は静かな音で、その部屋は時計のチクタクという機械音がやけに大きく響いていた。
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