【第1講】〜 嘘の記憶の代償1〜

 「吸血鬼

 それは高い能力を持った者達の事で血を啜る猛獣です。

 その起源は人とも諸説で語られていますが、決定打に至っていません。

 何故だと思いますか?」


 先生は冗長で偏見の強い教鞭を身振り手振り駆使して言い聞かせる。

 その話を聞きながら生徒たちは黒板に書かれたものを板書するか、教科書を覗いて答えを見ているのだ。

 普通の学校の情景であった。


 現在の世界からして、先生は吸血鬼の悪い面だけを選んでいるようにしか見えない。

 だが、世間一般的に吸血鬼への偏見は強い人が多いのだ。

 ただ、この先生は知っている中でも一層、偏見が強い人だった。


 世界中には吸血鬼という希少亜人が存在している。それを保護する吸血鬼保護法という法律がある。

 もちろん、吸血鬼もまた人間だという考えからだが、この日本では吸血鬼の存在はとても風当たりは悪い。

 先生のように嫌な人間も多い。


 私は周りを見渡した。

 そこには、ゆらゆらと黒い髪の中に肌色の手が前の方で見えた。

 眼鏡を真面目な生徒像の少年が高々と手を上げていた。

 その子の名前も朧げで覚えていない。

 先生はその子を指した。

 その子は立ち上がった。

 その子は自分の知識をひけらかしたかったのだろう、頭のよさを誇示するように大きく声を上げた。


「吸血鬼は死んでしまう時に白い灰となって太陽に吸い込まれるからです!」


 先生は手を叩き、称賛した。

 私は先生が苦手だった。

 厳格な考えと多くの偏見が似合う女の人だったことも要因の一つだろう。


 今会えば「汚らわしい」の一つや二つ言うだろうと予想がつくいてしまう。

 山岡璃美 16歳は小学生の頃の思い出に浸っていた。

 昔のことなのに思い出せるのはきっと人間ではないモノになってしまった影響なのだろう。


 璃美は吸血鬼だ。15歳の時に自分が亜人だと気付き気付かれ、国家で吸血鬼を囲う場として作られた夜紅学園に入る羽目になった。

 璃美は先天的な吸血鬼ではないと思われている。

 璃美は赤い髪と瞳をしているが元は漆黒の髪とだ切れ長の綺麗な顔をした美は和風美人な顔の中の大きな目を物憂げに伏している。

 璃美は先天的でない故に異端者として扱われている。

 だが、璃美はどうでもいいと思った。逆に嬉しいとさえ感じている。


 人間で有れる喜びを感じられるからだ。 周りから人間と認められているかのようで、彼女は気分がよかった。


 けれど、不便は感じる。

 何も考えていない。何も知らない。

 そんな風に思い舞っていても、物を隠されたりするのは、めんどどうである。


 そんな璃美はこの夜紅学園に入って4年目。 一度も配給の血を飲んでいない。

 飲むと血の触れた先から吸血鬼になるようで嫌で仕方ないからだ。

 今は大きな講堂で、一人座って、勉強している。


-ーこびりついて離れない。


 そう思うことはよくあること。 思い出したくないことほど思い出されてしまって、知らぬ間に考えてしまっている。

 璃美は現在その気持ちに苛まれている。だから、シャーペンを置いて、頬杖をした。

 そうやって、ぼうっとしている。

 ため息を一つ。

 脳みそをに掻き回される思考に吐き気がした。

 ネットリと首筋からつま先まで血に塗られた感触が駆けるのだ。


 気持ち悪い。”アノ時”が原因に違いない。


 璃美は少し頭を振り容赦なく自身叩いた。

 そして璃美は昔をふと思い出した。


 思い出したのはアノ時から一週間過ぎようとした頃の出来事。

 鏡を見た瞬間に寒気と吐き気と自分を殺したい気持ちが襲い掛かった。

 ヤツと同じ、髪と眼。

 璃美はアパートに住んでいるにしては大きな声を上げた。

 それよりも、生まれて初めてあんなに大きな声を出したといっても過言ではなかった。

 ヤツと同類になったのではという恐怖。そして、自分が自分でなくなるのではという恐怖。

 その恐怖が璃美の中に強く存在していた。その頃は人間の食事もまともに取れなかった。


 あぁ、また無駄こと考えてどうするんだよ。


 もう一度ため息をつく。。彼女は嘲笑気味な顔をして、横に長い講堂の机にうつぶせる。

 皮肉なほど、見るたびあの時を思い出す象徴的な赤い髪が目の端に映っている。


 私はなんて執念深いんだろう。

 アノ時から切らない髪を見て、 恋する乙女みたいだ、と一笑した。


「おは、……またお前不機嫌やってんの?」


 璃美はビックリした。

 人が居ると思っていなかったからだ。

 いきなり現われた声の主は王子様だ。


 吸血鬼界の第一王子、緋樹。

 王族には苗字が無いか有るか分からないが璃美は苗字を聞いたことが無いので、無いと思われる。

 あまり人間界の人は知らないが、吸血界の世界にも王族がある。


 緋樹は璃美が不機嫌をしている内容を知りながらも、馬鹿にしながら控えめな笑い声を出して隣に座る。


 不幸が楽しいか、この見てくれ野郎。


 うつ伏せていた、仏頂面の顔を上げると案の定、堪えかねる様に笑っている緋樹を睨む。

 性格が悪いヤツではあることは分かるだろう。


「首の皮剥いで取り替えたい!」

「またそれかよ、俺がその部分から血吸ってやろうか?」


 緋樹は妖しく笑う。 璃美は呆れ果てた目で樹を見る。 本気じゃなく、冗談でからかっていることが目に見えるからだ。


「私を殺す気? コレでも貧血で悩んでるんだから、吸われたら死ぬって」

「だよな、頑なに飲まねえからな。 俺に飲ませる事って命張っても良いくらい誉れ高いことのなんだけどな」

「あぁ、私のタイプの王子様なら、この命を差し上げるだろうよ!

 というか、人間の私があんな体液飲めると思うの?」


 心配でいった言葉を切って捨て、挙句の果てには吸血鬼の存在まで否定する始末だ。

 今度は緋樹が呆れた顔をする。

 一拍後、二人は笑った。

 お互いに呆れ顔をするものだから、二人は可笑しくなって笑う。

 二人は仲の良い友達なのだ。


「だろうな。お前が人間でありたい内は人間なんじゃねぇの? 俺はなんともいえないけど」

「確証無いんだ!」

「当たり前だ」


 つか、なぁ……。 緋樹は呪いのように日に日に鮮明になる赤色を深い金の眼で見ながら続ける。

 緋樹は時々そうやって璃美を見る。 璃美にはその視線は微妙に痛い。


「何でお前だけ助けたのだろうな。 ご丁寧に同胞にまでして」


 璃美はハッと目して、横を向く。 緋の眼が吸血鬼らしい、狂気交じりの色に見えた。

 それに思わず、怯えてしまった璃美は視線を栗毛のふわふわな髪に移した。


「まぁ、訊けばいいでしょ?」


 緋樹は相槌を軽く打つと、珍しすぎる顔で額に手を当てた。

 少し渋る様な顔をしているのだ。 璃美は思わず、笑いが噴き出そうになった。  

 あのあの緋樹が? と思うからだ。


「何? めっずらしく、 悩み事?」

「人が大変なときによくちゃかすよな、お前」


 璃美は樹はガクリと肩を落としたのを見て、本当だったんだぁ、と内心凄く驚いたのを隠せずに目を丸くした。


「だって悩み事が着たら、俺に逆らう気かとかで追っ払いそうな性格してるじゃん」

「まあ、金で脅方がまだマシって言われた事あるけど……ってヒデェいいようだな」

「何っ? 普通の感情沸くほどに悩んでるの?」


 璃美のこの声はもはや叫びに近かった。

 壊れかけの緋樹はもうらしさゼロである。緋樹は焦りの混じった苦笑いする。


「普通って……俺の生死がスゲェかかってる。」


 さっきと打って変わりすぎな態度、所謂、焦りは異常だった。明日は槍が振ってくるのではないかと璃美の脳内によぎる。


「姫探さないと……」

「あぁ、あの人間界からの人攫いの儀式?」


 吸血鬼の初代のころからの取り決めで、大きな力を持つ王族の力を抑えるために、防御壁とな位継承者の周りに一人だけ現われるその姫と呼ばれるるような役割の人間が必要としている。

 人間。

 その子を連れてこないと、王子は力を持て余してしまうため、殺されてしまう。そのため、王族はやけに少ないのだ。

 そして、緋樹は今、現在その姫と呼ばれる人間を探しているのだ。


「ホント、容赦なくズバズバ切りやがって。 生死の境に俺は立ってんだぞ。」


 冷静を装っているが悲痛の表情がにじみ出ている。

 そろそろ勘弁してやるか。ため息をついて、頬杖をつき直す。


「第一継承者は大変だね。 で、どんな子がいいの?」

 反射で笑いながら言った。しまったと思いながらも、もう、自分を止められる気がしないので、勘弁しないことにした。


「はぁ、酷い友達を俺は持った。 ……まぁ、見てくれ人間は嫌だ」

 自虐の後の言葉を聞いた瞬間に笑いがこみ上げて、大爆笑だ。 爆笑に伴って声は必然的に大きくなった。


「はあっ?」

「うるせぇよ。……だから、見てくれ人間は嫌だ」


 緋樹は顔を顰めて耳に手を当てる。 璃美は樹の肩をパンパンと容赦なく叩く。 痛いと肩が悲鳴を上げている。


「あんたがそれ言うかぁ。 見てくれ以外取り柄ない。第一号でしょ?」

「うわぁ……」


 絶句した。

 その様子は失恋に近いものが有る。だが、すぐに地面にもどって言い訳をする。


「自分が無いものを求めるのが人だろ?」

 確かに一理あるね、さすが緋樹様。嫌みたらしい言い方である。 緋樹は苦虫を噛み潰して、横を向く。

 恥かしいが、ココで、どんな姫が言いかといわれれば、そういう娘だったという話である。

 姫の前例に男だった場合もあるからだ。

 当然「嫌だ」 と排樹は思っている。

 緋樹は、まったくもって男色趣味ではないからだ。 璃美はそんなことなど分かる筈も無く、 ペラペラと話を続ける。


「けどさ、類は友を呼ぶよね、私も実は伴ってないし。 気が向いたら手伝ってあげるかもよ」


 璃美はそう言い終わるととペンを持ってノートに滑らせる。 授業に出ない代わりに自習しているのだ。

 緋樹はその様子を見ると、あぁ、話しかけんなってことか。と納得してから、 今手伝ってくれねぇのかよ、と独白した。

 稀に緋樹は朝にこの講堂にいる璃に会いに来る。

 久々に来た緋樹はそこそこストレスを発散した。

 吸血鬼にとってはこの10時と言う時間は早すぎる時間で、夜更かししている気分だ。


「この時間、 早いって言っても早すぎる気もする……」

 再度、独白すると、机にうつぶせた。相当、眠いのだ。睡魔が襲う。

 当然だろう、吸血鬼からすれば、 夜中の三時に叩き起こされた様なものだ。

 夜行性の生き物を不用意にはやく起こそうものならきっと殺される。

 璃美はやはり、元人間の名だけあって朝に起きるのは造作も無い。 目の端に寝ている樹を映しながら、勉強を続ける。


 日も暮れそうなころ。

 璃美は勉強道具をしまって、通りたい道を眠っているという形でふさいでいる緋樹を見る。

 とんだアホ面だ。次の皇帝になる男が間抜けすぎる。 璃美はにやりと笑って、仕方ないと呟いた。


 直後、緋樹に激しい痛が襲った。


 起こすのに、椅子から緋樹を蹴り落としたのだ。 緋樹なら死なないという過信、そして、楽しいだろうという危険すぎるふざけ心。

「……ってぇ!」

「あ、ミスった。椅子も倒しちゃった!」

「ミスったって言うなら、間違って蹴っちゃったって言うべきだろ!確信犯が明確じゃねえか!」

 キャハッとと作った笑顔でさすが吸血鬼、折れてないな、 と言った。

 それはある意味、いじめっ子より恐しい璃美は折れるのを狙ったと言っている様なものなのだ。

 緋樹は床にぶつかった頭を押さえながら、青筋がピシッと浮かばせ、怒りをあらわにしている。

 すぐに治るとはいえ、折れるのは痛いから笑えない。


「ふざけんな、もっとおとなしく起こせ!」

「あははははっは……はは……すまん」

 表情の多い緋樹は面白い。

 璃美は笑いすぎて涙が出た。

 璃美は再度椅子に座りなおす。

 緋樹も文句をブツクサと言いながら座りなおす。 今は三時半。 始まりは四時半なのでもうそろそろ人が来るだろう。


「私は帰るから先生にこのノート渡してくれる?」

 璃美は今日ある教科のノートをとりだして渡す。

 綺麗に書かれた教科と名前が几帳面な性格に見せる。

 このノートの半分くらい几帳面になってもいいよな。

 緋樹は笑って受け取り、立ち上がって、璃美を通す。


「話し相手サンキュ」

「おう!」


 璃美はだるそうにドアを開けて、講堂を去っていく。

 璃美は吸血鬼が嫌いじゃなかった。

 体が受け付けなくなってしまった。

 あの時以来。

 だから排樹とも人間として話しているし、友人以上にはなりたくない。

 そして、なれない。



 寮に戻った璃美は渇きを覚えた体を押さえる。 ベッドの中に飛び込んで、喉元をぎゅうっと力強く押さえる。

 ……シイ。 そう体がないている。 それ以外の自分の言葉は受け入れたく無い。  苦シイ、苦シイ、

 苦シイ。 その言葉の間に許せない言葉たち。

 人でありたい、そう思うが故に虐めも許して、寮に描かれたたくさんの落書き、罵詈雑言を許せてきた。

 コレは、彼女が作り上げた全ての理想、現実逃避を打ち壊そうとする。


 自分は人ではない。と否定しようとしている現実がある。

 血を求めて、ベッドの中のシーツを乱し、荒い息を洩らす。 喉が渇く、喉が……。

 腕に噛みつきたい衝動。

 今、床に血が落ちていたらきっと意地汚くめてしまうだろう。

 璃美は自分自身で分かっているこの事実が嫌だ。


 嫌だ嫌だと喚いて考えても、どうしようもないことがわかっている。けれどこの感情に支配されている璃美は止められない。

 シーツを握りしめ、一人渇きに飢えていた。


 理性の自分が本能と戦っている。 戦いなんてしなければきっと、今頃発作は出ていない。

 璃美は発作の止んだ時と始まる時の合間で思った。

 私、ヤツを許さない。


 彼女が咎めることは彼の救いだった。

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