第2話 クリスマスプレゼント🎁
(さ、最悪だ……)
会話を掻き消されたひなたは、隣で電車を待つゆきに気取られないよう、静かに落ち込んでいた。
すると、その様子に気が付いた彼が尋ねた。
「あの――なんですか?」
(ワニ……ほしいのかな?)
「えっと、その――」
(頑張れ、わたしっ!)
先頭車両のライトが2人を照らし。
宙を漂う雪を散らしながら、電車は近づいてくる。
――数秒後。
ブレーキ音がなり。
電車は駅に到着した。
モーターや線路と車輪が擦れた特有の匂いが周囲に香り扉が開き。
彼の姿は、その中へ吸い込まれていく。
――はずだった。
今までなら――。
でも、そこには電車には乗らず、ホームに立つ2人の姿があった。
(そこまで、ほしいなら……仕方ないか)
「じゃあ、これあげます」
彼は自分と一番長く過ごしてきた相棒をその手に取り、差し出した。
それはゆきにとって、断腸の思いだった。
3歳の頃、テレビのCMで、『ワニワニらんど♪ 一匹のワニから始まる絆の物語』と運命の出逢いをしてからの付き合い。
離乳食を食べた手で握りグチャグチャになった時。
両親と一緒に公園で食べたアイスクリームが、上に落ちてベチャベチャになった時も。
近所の猫に威嚇されて泣き喚いた日。
運動場で一緒に泥まみれになった日。
傘を持ってきたのに、学校に忘れて雨に打たれた日々も。
修学旅行での友人との想い出を育くんでいたかけがえのない瞬間だって。
ズッ友で、彼にとっては、代わりのいない大切な存在だからだ。
「ワニ丸、一番お気入りの子なんですよね……」
(ワニ丸を手放すのは、さみしいけど……3年間も思い続けてくれるんだ。間違いなく幸せにしてくれるだろう……)
しかし、
だが、やはり。
この特殊過ぎる思考は、目の前のひなたには、通じるわけもなく。
また、すれ違いを巻き起こしていた。
「い、いいんですか?! そんな物を頂いても」
(ワ、ワニ丸……って言うんだ。ゆきさん、やっぱり可愛い……てか、このタイミングに一番を私に?! ど、どうしよう)
ひなたは、歓喜していた。
いや、心の中で踊り狂っていた。
この反応は至って当然のことで、3年間思い続けていた、山城ゆきからのクリスマスプレゼント。
しかも、この年内の最後の登校日にサプライズが訪れたのだから、膝を折らなかっただけで、大健闘した方だろう。
一方、その受け答えを見ていた、ゆきは心打たれていた。
下唇を噛み涙が流れないように、必死で堪えている。
「……大丈夫です。うちのワニ丸をよろしくお願いします」
(こ、こんなに、喜んでくれるなんて……やっぱりワニ好きには悪い人はいないな……ひなたさんに出会えてよかった。きっとワニ丸も幸せだ)
「あ、ありがとうございます。大切にします!」
(うふふ、嫁入りみたいになってるし……それにめちゃ真剣な表情……ワニ丸、大切なんだ。でもやったー! クリスマスプレゼント〜! しかもゆきさんからだ〜! 3年間、がんばってよかった)
ワニ丸を受け取った彼女は、しっかりと勘違いをしていた。
ストラップを握り締めて、余韻に浸っている。
いや、もうここまで来たら、勘違いは仕方のないことだ。
いつも乗る電車には乗車せず、急に足を止めてずっと身に付けていたストラップを急に外し手渡す。
これだけでは、まだクリスマスプレゼントを渡されたなんて思い違い起こしはしない。
しかし、大前提として、ゆきがひなたの想い人ということ。
いつもと違うことをしてきたこと。渡すタイミング良さ。言葉数が圧倒的に少ないこと。
そして、今日は年内、最後の登校日+聖なる日。
ひなたが勘違いを起こすには、完璧過ぎる条件が重なり合っていた。
そんな彼女をよそに、ゆきは溢れ出る思いを口にした。
もちろん、それは自分と同じ熱量を持ったワニ友も出会えたと思っていたからだ。
真っすぐに力強くひなたを見つめている。
「また……会えますか?」
(ひなたさんと、もっとワニの話をしたい)
「へっ?! どういうことですか?!」
(ななっ、なに? 何が起こったの?!)
それは、ひなたにとって青天の霹靂。
ほとんど、諦めかけていた。
心の奥底にある願い。
もっと、彼と親しくなりたい。という、ささやかな願いを叶える。
もう1つのクリスマスプレゼントだった。
でも、プレゼントを渡した本人は全く気付いておらず、見当違いのことを考えていた。
「あ、いえ普通にもっとお話したいなと思いまして……あの……迷惑でしたか?」
(なんで、そんなに慌てているんだろうか? もしかして、電車に乗り遅れたのが、不味かったとか? それなら申し訳ない)
「わわっ、わかりました! では、どうしたらいいですか?!」
(どうしよう、どうしよう……急に進み過ぎてよくわかんない)
彼女は、目まぐるしく変わる状況に戸惑っていた。
頬をりんご色に色づかせている。
その姿を見ていたゆきは何故か安堵していた。
(よかった。電車に乗り遅れたことではなさそうだ。そうだ、ひなたさんにもう一度会うため、これを渡さないと)
すると、彼はギターケースから、小さく折った紙切れを取り出した。
「じゃあ、これを」
「は、はい。ありがとうございます」
(な、なんだろう? も、もしかして連絡先が書いてあるとか? てか、そうに違いないよね……)
彼女は胸を高鳴らせながら、開いた。
そこには『大阪府〇〇市〇〇町43-23 山城ゆき』と書かれていた。
「はっ、まさかの住所!?」
あり得ない状況に心の声を口にしていた。
いや、そもそも。
折った紙を渡すなんて、令和では失われた文化でしかない。
100歩、いや1000歩譲ったとしても、ディスコードやLINEのIDを記されているのが、ベターだろう。
しかし、彼にとってこれが当然だった。
幼い頃からよく道に迷うので、その事を心配した両親が肌に離さず持つようにと、住所と名前を書いたメモを持ち歩かせていた。
(ひなたさんのあの反応……。1枚しかないと、思っているんだな……ここはちゃんと心配させないように、伝えておこう)
「あ、大丈夫です……ストックはあるので」
そう言うゆきの手には、複数枚のメモ用紙が握られていた。
それを目にしたひなたは、彼の想像通りの反応を見せなかった。
右手にメモ、左手にワニ丸を持ちながら、目を丸くしている。
「ス、ストック?!」
(えっ、なになに? 今ってそういうの流行ってたっけ? てか、ゆきさん、何枚持っているの?)
その様子に、ゆきは頭を悩ませていた。
声のトーンを下げながら、開けたギターケースを締めている。
「はい、もし道に迷った時にと思ってコピーして持っているんですよ……」
(うん……あれ? 何か間違ったのかな……?)
本当ならここでドン引き、距離をとろうと考えるのだが、恋は盲目というように、彼女にとってこの天然は加点要素でしかなかった。
それどころか、カッコ良さより、可愛さが上回ってしまい。
あれだけ、聞けずじまいだった連絡先も流れるように自分から教えていた。
「……えっとでも、このままじゃ連絡取りづらいので、ディスコードとLINEを教えますね」
(ゆきさん、”ど”が付くほどの天然さんだった。ま、でも、可愛いからいっか!)
「……そうなんですか?」
(そういうものなのか……会うにはこれが一番いいと思ったんだけど……)
「は、はい。そうですね……」
(ゆきさん……。一体、今までどうやって生きてきたんだろうか? 気になる……)
「わかりました……では、交換を」
(QRコードと、ディスコードのID……)
時刻は『7時30分』
会話を弾ませる2人の元に、構内アナウンスが流れた。
『電車が参ります。黄色い線の内側までお下がり下さい』
この車両は、この通勤時間にしか走っていない、乗降者が多い駅に停まる電車。
先頭車両のライトが2人を照らし。
宙を漂う雪を散らしながら、電車は近づいてくる。
――数秒後。
ブレーキ音がなり。
電車は駅に到着した。
モーターや線路と車輪が擦れた特有の匂いが周囲に香り扉が開き。
おびただしい数の人波が階段へと吸い込まれていく。
そして、電車はホームをあとにした。
だが、ホームには2人の姿はなく。
走り去った電車の窓から談笑するひなたと、ゆきの姿があった。
おしまい。
クリスマスとワニ! 🐊〜すれ違いから始まる関係〜❄ ほしのしずく @hosinosizuku0723
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