クリスマスとワニ! 🐊〜すれ違いから始まる関係〜❄
ほしのしずく
第1話 ワニストラップと最後のクリスマス🎄
雪がちらつく駅のホーム。
時刻は『7時10分』
この時間帯は通勤時間ということもあり、周囲の人たちの足取りは忙しなく、エスカレーターで上がってくるよりも、階段を駆け上がる人の方が多い。
ホーム駆け上がってきた人たちは、白い息を吐き呼吸を整えながらも、当たり前のようにスマホや腕時計で時間を確認し。
各々、決まった乗車位置に並ぶ。
そして、電車が来るまでのスキマ時間をニュースやSNSの確認、好きなアプリをするなどにあてる。
牧野ひなたもその1人だ。
襟元、袖口に白色のラインが2本入った紺色のブレザー。胸元に緑色のリボンがあしらわれたブラウス。
アウターには、紺色のダッフルコート。
下は、チェックのスカートと自前の黒のヒールローファー。
髪型や髪色などに対しても、厳しくない校則に加えて。
自宅から一番近いという安直な考えから、選んだ高校に通って約3年の月日が経った。
2024年12月25日。
今日が年内、最後の登校日となっていた。
時刻は『7時21分』
(あの人はいないのかな?)
ひなたは振り向き、改札口へ繋がる階段に視線を向けた。
すると、そこから彼女が3年間、気になり続けている男性が駆け上がってきた。
「ッ、ハァハァ……」
息を上げ、頭の上に僅かに乗った粉雪を無造作に振り払う。
その想い人はマッドなグリーンの髪色、耳にかかるほどの長さをしており、茶色で切れ長の目。
左耳には星のピアス。
細身で背は高く、180cm。
装いは、ブラウンのチェスターコートに赤色のマフラーをその身に纏い、紺色のスキニーパンツと革のブーツを履いていた。
服装からでは、学生なのか社会人なのかすらわからない。
だが、常にギターが入っているであろう白色ケースをいつも持ち歩いており、古びたワニのストラップをつけていた。
彼の名前は、山城ゆき。
音楽学校に通うワニ好きの18才。
彼もまた今年で最後の登校日を迎えていた。
彼女が知っている情報はこれだけ。
ひなたは、顔を正面に向けたまま、その姿を横目で追う。
風に揺られてワニのストラップは揺れる。
(ゆきさん、今日もカッコいいな……ワニも可愛いし……)
ひなたの視線に気付かないゆきは、彼女が並んでいる丸印の乗車位置とは違う、左隣にある三角印の乗車位置に立つ。
偶然にも少し離れたとはいえ、隣同士になったことで、ようやく彼はひなたの存在に気付き、軽く会釈をした。
「あ、どうも……」
(ひなたさんだ……)
「お、おはようございます」
(や、やったー! 今日も会話できたよー!)
ゆきは、なかなかの人見知りだった。
音楽の専門学校に通い、ギターを背負う。
髪の毛も染め、服装もそれなりに気遣っており、高身長で顔も平均よりは上。
決して人が嫌いではなく、どちらかと言えば好きな方だ。
また、一度打ち解けさえすれば、誰とでも仲良くなれる性格。
それなのに、人見知りだった。
しかし、それだけではなく、ど天然だった。
6歳、『蟻は今日もがんばっている』という絵本を読んで家の前にいる蟻たちにパン屑をあげる。
8歳、近所のスーパーへおつかいの最中。
母親に牛乳を1本買ってきてと言われたが、たくさん買った方が喜んでくれると思い、自分のお小遣いすら、使い果たす。
10歳、同じクラスの女の子にスカートとか、似合いそうと言われたのを真に受けて、母親と父親にスカートをねだる。
その後も順当に天然を発揮していき。
12歳、真冬も真夏も「いらっしゃいませ」という自動販売機に心打たれ涙したり。
14歳、放課後。女子生徒に「付き合って下さい」と告白されたというのに「じゃあ、どこにいくの?」と何食わぬ顔で返したり。
16歳、音楽学校の仲間とフェスに行ったかと思えば、一文字違いの駅で降り。
迷惑を掛けたくないという思いで、テキトーな理由をつけて1人で彷徨い歩いていたりなどだ。
そして、18歳。
今、この瞬間も。
ど天然が発揮されていた。
(そう言えば、この人。いつも隣に居るな……。そんなに、このワニが好きなのか?)
彼にとって、3年間話し掛けてくるひなたの存在は、ワニ好きの女子高校生でしかなかった。
対して、同じく人見知りだったひなたは、どうにかして反応の薄いゆき相手に会話の糸口を得ようと、色々と試みてきた。
まずは外見から、野暮ったい印象だった瓶の底のような分厚い眼鏡から、コンタクトに。
前すら見えなかった黒髪ロングもショートボブへ。
性格も引っ込み思案だというのに、自分からゆきに声を掛け続けていた。
出会って1年目は、おはようございます。学生なんですか? お名前は? ギターやられているんですね! と、初対面ならではの会話。
2年目は、当たり前のように挨拶を交わすようになり。ワニ可愛いですね。ワニ好きなんですか? ワニストラップどこで売っているんですか? と彼が身につけている物への、やり取りをするようになっていた。
また、その努力は学校生活にも反映されていた。
隣の席になった人には自分から挨拶をしたり。
共通の趣味を持っていそうな女の子にも、自分から話題を持っていったり。
私生活でも、コスメや身に付ける小物を揃える為にバイトをしてみたりなどだ。
全ては、想い人にふさわしい人へ変わる為に。
どれも普通の恋する乙女にとっては、大したことはないものかも知れないし。
なんだったら、3年間という月日が流れているというのに、進展がなさすぎると思う人もいるのかも知れない。
だが、この積み重ねにより、ど天然で人見知りの想い人にはちょうど良く、挨拶を交わすまでにはなっていた。
時刻は『7時25分』
「さむっ……」
(ホットミルク……飲みたいな……)
彼は肩を縮めこませ、冷えた手を息で温めていた。
周囲に白い息が漂う。
その姿をひなたはチラチラと伺っていた。
「うふふ……」
(やっぱり、カッコいいだけじゃない……背が高いのに可愛い……。今日は学生生活最後のクリスマス…連絡先くらい聞かないとだめだよね……よし!)
意を決した彼女は声を掛けた。
それは、元々のひなたからしたら、あり得ないことだった。
でも、好きな人と少しでも楽しくお喋りしたり。
DMやディスコードでやり取りしたり。
おしゃれをしてお祭りや映画、遊園地など。
一緒にどこかへ出掛けたり。
そして、付き合うことができたら――。
そんな、一途な気持ちが彼女を成長させていた。
「あ、あの――」
だが、なんのイタズラか図っていたようにアナウンスが流れた。
『電車が参ります。黄色い線の内側までお下がり下さい』
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