第4話
「宝玉持ち逃げ未遂事件」から1か月半が過ぎた頃。
時刻は午後3時前。
突如おそわれた眠気を覚ますため、わたしは白セン内の見回りを行っていた。
昼過ぎの時間帯はパソコンに向かっていると作業効率が落ちるので、散歩ついでに備品の整理や補充の確認などをすることが多かった。
白センの個別相談やグループ活動の時間は9時から17時までの1日5コマで、スタッフの1日の勤務時間は6~8時間程度だが、人間はウクーよりも1~2割程賃金が低い。
これは白センに限らずウキウク国共通で、人間の社会的地位の低さを物語っていた。
(もうちょっと給料上がるといいんだけどな~……まあ、仕事は楽しいし、嫌がらせしてくる人もいないし、贅沢言ってたらダメだよね……)
階段を上がって2階の中央ホールに行くと、3,4人の利用者がソファに座って喋っている他、窓際で2人の男性が向かい合って立っているのが目に入った。
1人はリルさんで、もう1人は長髪の若い男性だった。
(あっ、リルさんここにいたんだ……!!)
昼休みはロビーに来ていなかったので、思わぬところで会えて心が弾んだ。
水縹色のカジュアルな七分袖シャツに白系のズボン、と清涼な装いで爽やさが引き立っていた。
(うん?あっちは……フラフラさん?)
“フラフラさん”、本名は確か……フラウヌーレ?フラフープ?……だめだ、忘れた。
白センの相談利用者は100人にも満たないのに――
カタカナ名、しかも「名」だけだと覚えにくかった。彼はいつもフラフラ左右に体を揺らしながら歩いているので、わたしは勝手に“フラフラさん”と呼んでいた。
痩せ型の男性で、見た目の歳は20代前半くらいと思うのだが、なんせウェット感のある長い前髪で目が隠れていて表情がわかりづらかった。
彼は口を真一文字にしてリルさんに詰め寄っていた。
(なんかやばそうな感じ……助けに入ったほうがいいのかな……?)
わたしはきょろきょろとあたりを見回した。
(誰もいない……わたしが出てったところで何もならないだろうけど、見て見ぬふりするわけには……)
行こうか戻ろうか迷うこと1分――やっぱり!!と一歩踏み出した途端、右足首を少し捻った。
彼らに近づくと、”変な奴が現れた”というふうな目つきで見られた。
「ど、どうかしましたか……?」
しーんと静まり返った空間には蚊の鳴くような声が響いた。
「何もないよ」
にっこり顔で返答したのはリルさんだった。
「ですよね?」
「あ、ああ……」
その笑顔に気圧されるようにフラフラさんは頷くと、手にしていたカメラをズボンのポケットにしまい速足で去って行ってしまった。
(ふう、よかった……)
何事もなく終わるとリルさんに、
「ありがとう」
とお礼を言われた。
「あ、いえ……」
「いや、助かったよ。”写真集作りたいんです”って言われて困ってたんだ」
「しゃ、写真集……」
「“ハニ町の輝くもの・ひと”を集めた写真集を作ってるらしい」
「へえ~いいじゃないですか」
「僕なんて輝いてないし、載せる価値ないと思うから断ったんだけど、なかなか引いてもらえなくて」
「そんな、価値ないなんてこと……フラフラさんも、リルさんの人柄に惹かれたから載せたいと思ったんじゃないでしょうか?」
「そうなのかな……」
「わたしよりも彼の方が白セン歴長いから、普段は見えない面も知っているかも……」
「見えない面?」
「あっ、裏の顔とかじゃなくて、実はこんなことが好き~とか、こういう習慣があるとか……いつも観察してるとわかることってありますよね」
「彼とはあんまり喋ったことないんだけど……ずっと見られてたのかな……」
「あ…………」
困惑するリルさんにわたしは焦った。
(よく知らない人にいつも観察されてるって、まるでストーカーじゃないか。余計不安にさせてどうするんだ、わたし……!!)
「すみません、変なこと言って……」
「いいよ、気にしないで。きっと人を見る目があるんだろうね」
「そ、そうです……!!それが言いたかった……」
良い意味に解釈してくれたリルさんに、わたしは首を2回縦に振った。
「ところで、“フラフラさん”っていうのは……?」
「あっ……名前忘れてしまって……いつもフラフラしてるから。勝手にそう呼んでました」
「フウラーヌラさんだよ。”フラフラさん”……響きが似てるよね」
「ははは…………」
わたしは笑って誤魔化した。
「あ、その、写真っていうのは勝手に撮られてるんですか?」
「それはないよ。いつも事前に撮っていいか聞いてくれてる。けど、掲載はちょっと恥ずかしいな。『喜ぶ人いっぱいいる!!人気出る!!』って言ってたけど、ほんの一握りだけじゃないかな……」
ふう、と溜息をつく姿すら美しかった。
(いや、需要ありまくりだよ…………)
こんな完璧そうな人にも恥ずかしいと思うことがあるのかとわたしは心外だった。
しかし、おばさま方だけではなく、若い男性にも好意を持たれるとは――コンソメもすぐに馴染んでいたし、老若男女に好かれるタイプなんだろう。
「ごめんね、引き止めてしまって。お仕事中だったね」
「いえ、眠気覚ましに散歩してたとこなので……あ、でも、すっかり目が覚めました」
わたしが笑うと彼も目を細めて、
「誰かと話すと気分転換になるよね。よかった」
「いや……誰でもいいってわけじゃ……」
口をもごもごさせるわたしを不思議そうに見ていたので、
「あ、なんでもないです……!!ありがとうございました」
頭を下げてから、そそくさとその場を去った。
事務室に戻り、自席で仕事をしていたハユキ先生に一部始終を話すと、彼女は吹き出した。
「でも、そんだけ近くで話してて、クラッペさんよう落ちやんな」
「落ちる?」
「昔はそうやってさりげなく落としてたんやで。天然のたらし」
「実際に見たことあるの?」
「見たというか、近くに来ると周りの人達皆ふわ~ってなって、女子は特に目がハートになってたな」
「う~ん、確かに目を引く容姿だけど……あ、もしかして、彼に絡んでたフラフラさん……じゃなくてフウラーヌラさんも、そのオーラに惹き付けられて?いやいや、そんな蝶を誘う花みたいな……」
「ありゃ花やわ。甘いニオイにつられて寄って来るんや。嘘のようでホンマの話。でも、本命の人には受け入れてもらえず、鬱になって白セン送りになったんやろに」
「酷な言い方するなあ……」
本人が話していたこととほぼ一致はしていたが、ハユキ先生の言い方は辛辣だった。
「天性のもん、ていうても気の毒なもんやわ。こっちでは白さんの力と町の空気のおかげで殆ど抑えられてるようやけど」
「抑えられててあれか……白の人達は“あっさりしてる”からあんまり影響ないのかな。なんか、一度に何人も付き合ってたとか聞いたから、優しそうに見えて、実は人を手の平で転がすのが上手いロクでもない奴なんじゃないかと思ったんだけど、2人で話してみたら意外とフツーっていうか、話しやすい人だった」
すると彼女はふふっと笑った。
「なんや、しっかり惚れてたんやん」
「違うよ……!!」
わたしは全力で否定したが、
「惚れてもかまわんけど、ハマったらあかんで」
と念押しされた。
「恋愛はもうこりごりだから大丈夫だよ」
「そういう人こそ注意せなあかんのよ。さりげなく、ふわっとさらっと口説きよるからな」
「おばさんを口説いて何の得が?」
「“おばさん”言うにはまだ早いよ」
「いや~でも、人間の平均寿命でいくと、もう人生の半分は生きてるし……」
ガクリと肩を落とすわたしにハユキ先生は、まあまあと声をかけた。
「ウクーと人間はちゃうんやし。歳の差なんて気にしてたらあかんで」
「そうなんだけど、娘もいるのに色恋事にうつつ抜かしてる場合じゃないと思うんだよ」
「きちんとコンソメちゃんの面倒も見てるし、ちょっとくらいトキメキ求めたって罰当たらんよ」
「トキメキか。そんな言葉あったなあ~若い頃は常にときめいてた気がする……ハユキ先生はときめいてる?」
「恋愛で?うちはないな」
ハユキ先生はバッサリ言い切った。
「束縛されたくないからな。2人の時間作って~とか面倒やもん。気付いたら一緒にいるな~なんか落ち着くな~くらいがええわ」
「あ~それは分かる。独身の時はいいけど同居し出すと毎日一緒なわけだから、わざわざ2人の時間を作るって感覚が薄れてくるんだよね」
「でも、元旦那さん仕事忙しかったんじゃなかったっけ?」
「うん。コンソメ迎えてからは特に。でも休みの日はそこそこ子育てもしてくれたかな~」
「子供を切望してた人ならそうやろな」
「ハユキ先生、子供は?」
私の問いに彼女は間髪を入れず、
「いらん」
と答えた。
「子供は好きなんやけどな。仕事で触れ合うのはええけど、育児とか想像しただけで気が滅入るわ。クラッペさんはすごいよな、尊敬するわ」
「いや、そんなことないよ。わたしは自分で生んでないし、赤ちゃんのお世話経験もないから、人間のママ達に比べてラクだったと思うなあ……」
「生んだか生んでないかはあんまり関係ないと思うけどな~“人を育てたい!”っていう心意気が立派なんよ。だって、子供が大人になっても、はい終わり~ってわけじゃないし。いくつになっても自分の子供は子供で、自分の人生にずっと関わり続けるってことやろ。そう思うと、親としていい影響与えられるんかって不安になるんよな」
「わたしはそんなに深く考えたことなかったな……」
「うちはパートナーおらんからそう思うだけかもな。付き合ったら考えも変わってくるかもしれへんし……って、今は全然彼氏作る気ないけど」
「この先、何か良さげ!!って思う人が現れるかもしれないよね。そういう人のが長続きしそう……熱しやすく冷めやすいのはやっぱダメだな……」
結婚当初を思い返し、心が萎えそうなわたしにハユキ先生は、
「まあまあ……今は楽しく過ごせてるんやし、あんまり気にせんとき」
肩を叩いて励ましてくれた。
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