第41話

 “星巡る国”へは、まず湿地帯を抜ける。ぬかるんだ道を歩くのは正直骨が折れるが、ここからだとそれが最短なのだから仕方がない。


「おいフェリカ、下はちゃんと履いてきたんだろうな」


 何が、とは言わずともわかるだろう。この先もアレでは、風が吹くたびちらちらと視界に入ってウザったいことこの上ない。だがフェリカは「はい?」とピンときてない様子で、


「だって履けって言われてませんよ?」


と首を傾げてみせた。


「阿呆。誰がそんな当たり前のことを言わなきゃならねぇんだ」

「ディアスさん、当たり前は人によって違うのです。ボクはこれで満足してます。いえ、本当ならもっと……」

「あーったく、わかった、わかった。もうそれでいいから、人前では見せんな、いいな」


 道中ずっとこんな感じだ。俺の苦労がわかってくれただろうか。

 ヴェインは常に能天気で好奇心旺盛すぎるし、リーフィは我儘し放題、フェリカは二人と一緒になってうろつく。唯一まだ頼りになるガレリアは「楽しいからいいじゃない」なんて言い出す始末だ。

 湿地帯を一週間で抜ける予定が、十日かかって遺跡までやっと来れた。幸運だったのは、目立った魔物や賊に襲われなかったことだけか。


「わぁ……! これが遺跡……!」


 “風舞う国”が北の山、そして北東にある山肌にぽっかりと開いた穴がある。一見すれば洞窟と間違えそうだが、中は、石を規則的に積んだ造りになっており、侵入者を排除するためのトラップがこれでもかというほど仕掛けられている。

 いや、が正しいのか。


「初めて見たわぁ。遺跡ってこんな感じなのねぇ」


 ガレリアも興奮を抑えられないのか、入口に張り巡らされたつたを軽く握り、やわやわと触った後引っ張った。


「おいそれは」

「あ」


 背後でリーフィの声が聞こえ振り返れば、蔦に絡め取られ、なんとも言えぬ格好に晒されたフェリカが吊るされていた。本来なら助けるところだが、フェリカ自身満更でもなさそうに頬を赤らめているので、代わりに「おい」とガレリアを睨みつけてやる。


「それが何か知っててやっただろう」

「まさかぁ。私何も知らないわ」

「どうだか」


 あくまでも知らぬふりを通すらしい。「フェリカ、今助けるよ」と剣で蔦に斬りかかるヴェインを制し、


「やたらに斬るんじゃない。これはいい水分になるからな」


と絡みつく蔦を一本手に取った。ねじるように何回か巻き、そこをヴェインに示して斬らせてやる。捻れていないほうから大量に水が吹き出すのを見て、ヴェインが「うわっ」と剣から手を離した。


「剣を離すのは狙った時だけにしとけ。死ぬぞ」

「わ、わかった」


 素直に剣を拾い上げ、ヴェインは違う蔦へ手を伸ばした。同じように捻って斬ったものを四本ほど用意させると、各々に一本ずつ持たせてやる。


「ディアス、これは?」

水蔦みずつただ。少しの刺激で近くのものに絡みつく性質がある。それを利用しておびき出してやれば簡単に水を調達出来る、が、意外と力が強いから絡みつかれないよう気をつけとけ」

「ふーん、そっか」


 ヴェインはあまり考えずに、腰に下げた小さな布袋に水蔦を仕舞った。

 そう、強い。それがどれほどのものかというと、絡みつかれた生物の骨が砕かれるか、窒息死するか、どちらが早いか、というほどには。

 リーフィから治癒を受けるフェリカに視線をやりながら、とんでもない丈夫さを持った魔法士だと、改めて思い直した。

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