第40話
「あんれまぁ、まだおまんまは出来てねぇだ。もうちっと後に来てくれねぇか」
俺たちを出迎えてくれた割腹のいい女性は、腰に巻いた白い布で手を拭きながら「わりぃねぇ」と笑った。
「あ、いや、俺たちはだな……」
予想外の出来事にたじろいでいると、後ろにいた子供の一人が「お母さん!」と叫ぶように言い、俺たちを押しのけて前へと出てきた。女性は「あんれまぁ」と目を見開き、子供をしっかりと抱きとめる。
「あんた、なぁんで領主様んとこにいるんだぁ? ははぁ、もしかしてあれだなぁ、淋しくて来ちまったんだなぁ」
「違う、違うよ、お母さん……」
「あぁ? 違うって、あんたどういうことだい?」
困惑気味の母親が俺たちを見る。後ろに控える他の子供にも気付いたようで、自分の子供の頭をひと撫ですると、
「どうやら事情があるようだねぇ。もうすぐおまんまも出来る。そうしたら他のモンにも声かけてくっから、ちーっとばかし、そっちの部屋で待っててくんねぇか」
と俺の手を取り、子供の手を握らせてきた。俺は「あ、あぁ」としか返せず、言われるままに平屋の隅にある部屋へと通されたのだった。
ふわふわした白い粒の集合体、橙色のスープ、それから魚の干物に、野菜の酢漬け。確かそれぞれ、白米、味噌汁、開き、漬物といったか。“天降る国”ではよく見る標準的な飯だが、俺たちの国ではパンや、とうもろこしのスープが主なため、これを初めて見るヴェインたちからは多少の躊躇いが見て取れた。
「お口に合わないか? やっぱり都会のモンにゃ、質素すぎるかねぇ」
あの割腹のいい母親が、困ったように眉尻を下げる。俺は「そんなことはない」と一言だけ返してから、用意された二本の棒、箸を使い白米を口へと運んだ。
俺を真似してヴェインも箸を手にするが、初めて箸を使う奴には難易度が高い。案の定、右手と左手に一本ずつ握りだしたのを見て、俺は母親に「ナイフとフォークはあるか」と尋ねた。
「それで? あんたら母親は連れ去られたと聞いていたが……」
ぐるりと見回すが、連れて行かれたとはよくいったもので、誰一人として酷い扱いは受けていないようだ。
木製のナイフとフォークをヴェインたちに渡してから、母親は「そうなのかい?」と子供たちの隣に座った。
「アタシらは、アークベルト様に“飯を作ってくれ”と雇われたんだよ」
「雇われた?」
「あぁそうさ。稼ぎは家族や村に送ると言われてたんだけど、あんたらを見る限り、どうやらそうじゃなかったみたいだねぇ……」
なるほど。
能力を使うには大量のエネルギーがいる。言葉巧みに母親たちを館へと連れてきたのだろう。その後、村や家族がどうなっているかも知らせずに。卑怯なあいつのことだ、手紙を仕込んだりもしたに違いない。
「嘘だったんだねぇ。家族にも、村にも、迷惑をかけちゃって……」
「気にすることはない。今からでも遅くはないはずだ。“風舞う国”に逃げた家族もいる。手紙を出せば、兵士が国境までは迎えに来るだろう」
箸で器用に漬物を摘み上げ口へ放り込んだ。よく漬けられている。これをアークベルトが一人占めしていたのかと思えば、なんとも勿体ない話だ。
「お兄さんたちは一緒に“風舞う国”には来てくれないのかい?」
箸を机に置き、両手を合わせて「美味かった」と口にしてから、未だ飯を食うヴェインたちに視線をやる。
「俺たちは“星巡る国”に用がある。あんたらのうち、どれだけが“風舞う国”に行くのかは知らんが、少なくとも、兵士が国境へ来るまでには一週間はかかるだろう。それまでに国境へ向かっておくといいさ」
「そうかい、それは有り難いねぇ。そうだ、
「十年ほど前に立ち寄った。ここからだと遺跡を抜けたと記憶している」
「そうだねぇ、まぁ、お兄さんがたなら大丈夫だろうけど……」
歯切れの悪い母親に「何かあるのか」と続きを促してやる。フェリカの「お代わりください!」に頷き、母親はお椀に白米を盛りながら、
「ここ何年かの間に、よくない話を聞いたもんでね。アークベルト様、いやアークベルトですらあっちには手を出せなかったって話だよ」
とフェリカにお椀を差し出した。俺は「そうか」と小さく返し、遺跡の記憶を思い起こす。
仕掛けは全て破壊したはずだが、十年も前だ。母親の言う通り何かあったとしても、なんら不思議ではない。
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