第39話

 “償いのしるべ”、ノア。見た目はただのきっつい服装のおば……いや、お姉さんだが、その立場はそれなりに重要であり、こいつの能力もまた、厄介なものになる。

 今回俺が行った行為はいうなれば侵略であり、それを監視、そして罰するのが奴、ノアの役目というわけだ。


「それで? 俺は何をすればいい」

「話が早くて助かるぞっ」


 鼻歌をご機嫌に歌いながら、ノアは杖をくるくると器用に回し「決めたぞっ」と空に杖を掲げた。


「“星巡る国”に行って、ちょっと様子を見てきてほしいぞっ」

「あぁ!?」


 ノアの言葉を聞き、俺はこめかみに青筋を浮かべた。


「こっからどんだけかかると思ってんだ!」

「んーっと、一ヶ月くらいっ?」


 軽くノアは言い放ちやがったが、“星巡る国”はここ“天降る国”から、湿地帯を抜け、山にある遺跡を通り、さらに森の先にあるのだ。道中野宿は覚悟しなければならないが、それ以上に、本格的な魔物の巣を通らなければならない。


「第一、なんでまた」

「ジルコくんと連絡が取れなくてっ。ノアたん心配で心配でっ」

「あいつが……?」


 久しぶりに聞いたその名に、俺は「まさか」と思わず口にした。考える俺にノアは満足げに頷き、返事を待つこともせずヴェインたちに振り返った。そして杖を持たない手を振り上げ、


「“星巡る国”に行きたいかーっ」


と勝手なことをぬかしやがった。


「ノア、何言って」

「行きたーい!」


 ノリノリで挙手したヴェインに「ヴェイン……」と言いかけるも、ここで止めたとて気が変わらないことを、俺は散々思い知っていた。


「皆も行くよね!?」


 朝日の中、光り輝く笑顔を浮かべるヴェインに最初に頷いたのはガレリアだ。


「えぇ。だって私はヴェインちゃんの仲間、だものね。リーフィちゃんとフェリカちゃんは?」


 ガレリアに促されたリーフィが「行く」と即答し、自分自身と俺を交互に指差しながら、


「行く。保護者、来る」


と感情の籠もっていない声で言い切った。だがその目の奥に輝きが灯っている気がして、俺は小さく舌打ちをする。


「ボ、ボクも、行きます」

「フェリカ、無理してついてくる必要はないんだ。“風舞う国”に帰っても……」

「いえ! 行きます! 自分の力を、皆さんのお役に立てたいから!」

「……勝手にしろ」


 全員の意志を聞いたノアが「よしよしっ」とステップを踏み、杖の先端でアークベルトの頭をこつんと叩いた。途端、アークベルトの姿がぐにゃりと歪み、まるで空気に溶けるようにして消えていった。


「じゃ、アークベルトくんのことは一時預かるねっ。何も心配しなくていいぞっ」

「いや、心配してねぇよ」

「いってらっしゃーいっ」

「話を聞け」


 言うだけ言い「とうっ」と地面を蹴って空へ飛び跳ねるノア。しかしこれは形だけで、地面に着地を決めると「またねっ」と手を振り、敷地の外へと駆けていった。


 さて、これで終わったわけではない。そもそも俺はアークベルトを始末しに来たわけではなく、母親を探しに来たのだ。

 リーフィのおかげで多少体力を回復させた子供らを連れ、館の敷地内を見て回る。と、館の後ろまで来た時、何やらいい香りが漂っている平屋を見つけた。

 館と比べれば質素なものだが、ひと目でわかるほど、それは立派な造りをしている。


「いい匂いだね。僕、お腹空いてきちゃった」

「なんなら朝飯でも食ってこい。宿がどっかにあるだろ」

「この匂い、なんか焼いてるのかな?」


 そう言い鼻をすんすんさせるヴェイン。同時に鳴った腹の音に振り返れば、フェリカが顔を真っ赤にして俯いていた。


「お前らな……」

「いいじゃないの。早くお母様がたを探して、皆で朝ご飯にしましょう?」


 ガレリアが「行きましょ」と率先して子供たちを連れ歩く。その慣れた様子が気にならないわけではないが、平屋の前に立った今は、それを聞く暇はどこにもない。


「よし、じゃあ開け」

「こんにちはー!」

「おいヴェイン!」


 またしても勝手なことを……。まぁ、アークベルトは既にいないのだし、これ以上危険なことは起こらんだろう。あれ以上に面倒な奴がいても困るのだが。

 ガラガラと音を立て横に扉を開けば、さらにいい香りが鼻をくすぐった。フェリカでなくとも、これは腹の虫も鳴くだろう。現にリーフィも「お腹、空いた」と心なしか元気がない。

 平屋の中は、とにかく高い天井と、とにかく広い居間が広がっていた。この土を固めて作った床は、確かというものだったはず。その土間いっぱいにがあり、鍋が乗せられ、ぐつぐつと何かを煮込んでいた。

 そして何より驚いたのは――

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