第36話
またページが捲られていく。そうして開いたのは、昔、アークベルトの顔を焼いた時と同じページだ。正直、これは、これだけは、使いたくない魔法一、二位を争うほど嫌なのだが、もうここまできたら腹をくくるしかない。
「……我が名は
そう言い俺は右手で自分の顔を覆った。指の隙間からアークベルトを見れば、奴は昔の記憶が蘇るのか、必死に黒光りする虫から逃れようと藻搔いていた。
よし、こっちを見ていない。とっとと終わらせよう。俺は息をひとつ吸うと、目をカッと開き「くっ」とわざとらしく苦しみ始める。
「落ち着け、黒炎竜ジャガーノート。何……? そうか、あいつがお前を……お前の家族を惨殺した組織の一員だというのか!?」
なお、そんな組織はどこにもなけりゃあ、アークベルトは一員でもなんでもない。黒炎竜とかいうクソ恥ずかしいナニカも、もちろんいない。
俺は顔を覆っていた右手を、今度は見栄を切るように左上から右下へ振り下ろす。“人差し指と中指を立てるように”と注意書きがあるため、仕方なくその通りにして。
「ならば俺も力を貸そう。具現せよ、狂気なる贄! ルナティック・サクリファイス!」
言い終えると同時に俺は右手を真上へ上げた。炎が立てた指先にまとわりつき、帯のように宙を描く。それを口元まで持ってくると、ふうっと息を吹きかけた。
炎は渦となりアークベルトへ向かっていく。アークベルトはやっとのことで黒光りする虫から逃れたものの、その目前に迫る渦になす
「ぁ……ぁが、うあ」
自慢の羽根も金の髪も、滑らかな肌すらも炭と化したアークベルトが、力尽きたように膝をつく。普通なら死んでいるが、奴は腐ってもフェアリー族、次の生を受けるまで死ぬことは許されない。
喉が焼けたことで声は出せないだろうが、俺の言葉に反応するくらいは出来るだろう。カツ、カツ、と一歩、また一歩とアークベルトへ歩んでいく。
「俺は前回、間違いを犯した」
「あ、ァァ」
「自分の力に酔い、お前に最後まで“裁定”を下さなかったことだ」
まだ幼かった俺は“見逃す”という行為に一種の憧れを抱いていた。自分の力があれば、また問題を起こしてもなんとかなると、よくわからない自信に溢れていた。
だから今度こそ、アークベルトに“裁定”をしなければならない。それが俺の責任だ。
「さぁ、時間だ。闇は全てを隠してくれるが、月明かりの元では逃げられない。アークベルト、お前を“
「んん、アアアアア!」
本がめくれ、真新しいページが開かれた。
「“強欲への案内人”、アークベルト。力を禁じ“風舞う国”にて罪を嘆くことと裁定する」
「アァ、ぁ……」
最早見る影すらなくなったアークベルトが、力なく肩を落とし項垂れる。さて、あのガキどもを見に行くかと踵を返し――
「うおおお! 僕が相手だー!」
剣を構え勢い任せ走り込んできたヴェインに、俺は「ガキは寝てろ、ったく」と苦笑いをした。
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