第34話
「久しぶり、本当に久しぶり、ディアス。十年は経ってるはずだ。だって君が美しくなくなっちゃったからね」
昔見たアークベルトは、確か三十路を過ぎていたと記憶している。それが今はどうだ。俺とあまり変わらない姿のくせに、相変わらず細い手足と、その背に生やした透き通る羽根で、さらに見た目の美しさには磨きがかかっているではないか。
「アークベルト、お前はさらに醜くなっちまったようだな。年を取りすぎたか? あぁ、そういや“風舞う国”で、新しい保湿液が出たと侍女どもが騒いでいたな。使ったらどうだ」
このやり取りも実に十五年ぶりか。まぁ、なるべくなら二度と拝みたくない顔だったのだが。
アークベルトが「君って奴は……!」と顔を引きつらせている。しかしすぐに息をひとつ大きく吸うと、
「わざわざ君から来てくれるなんて、本当に本当に嬉しいよ。あれから、あの日から、この傷をつけた時間から、僕は君のことしか考えられなくなっちゃってね」
と告白には程遠い、寒イボが立つ台詞をこともなげに言ってみせた。
俺はホルダーから本を取り「そりゃあ参ったな」と、好意とは全く逆の冷たい視線を投げかける。アークベルトはその視線にすら興奮するのか、自らの顔に残った火傷の跡を爪でギリギリと引っ掻き、
「そうだディアス、この国を見てくれたかな。君を迎えるために長い時間を要してしまったけれど、君が喜んでくれるよう作ったんだ。どうかな」
「最悪だ。趣味も悪い」
「そう言うと思った! だからこうしたんだから!」
と芝居でもするように立ち上がり、大袈裟に両手を広げてみせた。
「だから?」
「そう! だって君は裁定者。何か問題を起こせば動かざるを得ないだろう? 小さいものじゃ駄目だ。大きく、残虐で、非道な、それこそ隣に住む君の耳に入るようしないと! そうでなきゃ、君と僕で、お揃いに出来ないだろう!?」
やっと理解できた。そして同時に、やはりくだらない理由だと思った。その理由に、俺が入っているとすれば尚のことだ。
アークベルトが「ふふ」と小綺麗に笑い、手を二度叩いた。乾いた音が響き、続いて左右の襖が開かれる。そこから出てきたのは、まだ年端もいかないガキどもで、手には剣やら槍やら、中には斧を引きずっているやつもいる。
本を持つ手が細かに震え、皮表紙がミシミシと軋んだ。
「さぁ、ほら、行くんだよ。大事な大事な、お母さんを返してほしいんだよね?」
「う、うぅ……」
ガキどもは震え、危うく手から得物を落としそうになるが、それでもやらねばならないという必死の気持ちで己を奮い立たせているようだ。
「……なぁ、アークベルト」
「なんだいなんだい?」
いつでも本を開けるよう、右手をそっと表紙にかけた。
「俺は今、無闇に能力を使わないようしている。自分でもあまり使いたくないからだ」
「昔はあんなに使ってたじゃないか。どういう風の吹き回しかな」
「だから俺はルールをみっつ、決めている」
本が、黒く光りだす。闇夜に浮かぶ月を塗り潰し、全てを闇に
「ひとつ、相手が気に食わない時」
一歩、進む。ガキどもが肩を震わせ、足をぴたりと止めた。
「ふたつ、子供を利用し傷つける時」
一歩、また進む。ガキどもの手から、得物が落ちていく。
「そしてみっつ、相手を消すと決めた時だ」
パラリと開かれたページに、十五年前に書いた拙い文字が、浮かび上がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます