第33話
「うおおおおお!」
アークベルトの腰巾着、いやグンダーは勇猛果敢にも剣で俺に挑んできた。自慢の御力に頼らない姿勢は見事なものだが、それで俺に斬りかかるなど見通しが甘いにもほどがある。
「ああああ!」
「……っと」
振り下ろされた剣を、盾で受け止めるかの如く本で防ぐ。表紙にすら傷がつかず、グンダーが「ひゅっ」と小さく息を呑むのがわかった。
俺はすぐさま、右手で剣を握るグンダーの両手を下から掬うように振り上げる。グンダーが悲鳴と共に剣から手を離し、手首を押さえながら膝をついた。
「なぁ、グンダー。本当はわかってるだろ」
「な、何を……」
「
「……っ」
あのアークベルトのことだ。小さいものを大きく、醜いものをハリボテの美しさで着飾り、無いものを在るように見せているのだろう。
「第二部隊小隊長、だったか。他の部隊は? 部隊長はなんて名だ? 全部でどれぐらいの規模だ?」
俯くグンダーの表情は見えないが、何も言わないところを見るに奴だって理解していたのだ。部隊とは名ばかりの、空虚な集まりでしかなかったことに。
黙り込むグンダーの姿に、本を開くほどではなかったかとホルダーに仕舞いかけ、
「それでも」
と顔を上げたグンダーが、その拳を顎目掛けて放ってきた。す、と軽く下がり事なきをえるが、その目の奥には忠誠心が灯っている。
「それでも! 俺は! 俺だけは! あの方を信じ、支えると、心に誓ったのだ! 貴様があの“月火の裁定者”ならば覚えているはず! “
「アークベルト自身が、今、その道を辿ろうとしても、か」
「あの方は平等に御力を与え、秀でる者がないよう計らっているだけにすぎない! そのために領主となり、平等への一歩を……!」
拳を感情任せに右へ左へと振りかざすが、そんなものが当たるわけはない。
仕舞いかけていた本を再び左手に持ち、俺は「自惚れんな」とその頭目掛けて振り下ろした。ゴツッと鈍い音が鳴り、グンダーが「あがっ!?」と頭を押さえた。
「お前の言う通り、あれは世界に多大な被害を出した。地形や気候が変わったなんて当たり前だ。ヒトが数え切れないほど死に、生態系も大きく崩れた。その中で国を守ろうとしていた奴らがいたことも俺は知っている。アークベルトもそうだった。だが今は違う、だから俺が来た」
「それでも、それでも……」
心酔、とでも言うのだろうか。見上げた忠誠心だ。
だがこの男がなんと言おうと、奴は、アークベルトは来てはいけないところまで来てしまったのだ。なぜそうなったのか理由はわからんし、どうせくだらんに違いない。
「グンダー、お前はあいつを止めるべきだった。力を持つ者同士で、あろうことか姉弟で殺し合いなぞ、つまらんことを言う前に」
「……」
今度こそ本をホルダーに仕舞う。項垂れるグンダーにこれ以上かける言葉もなけりゃあ、必要すらない。
長い廊下の先、一段と装飾に凝った襖を左右に開く。床に敷いたクッションに鎮座するアークベルトは、昔より若くなった青年の姿で、
「やぁ、会いたかったよ。ディ〜ア〜スぅ」
とニィ……と笑ったのだ。
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