第31話
なんとまぁ、悪趣味なことか。
アークベルトは己の能力を使い、崇拝する民を作り上げ、それにより民を従わせ、力に酔わせるため民同士を争わせているのだという。
「それで? 次のカードはお前ら姉弟ってわけか」
鉄格子からは出れるものの、姉弟の動向がどうにも気になり、俺は近くの壁に背を預けたまま話を聞いていた。
「あたしは負けるつもり。父様と母様にも約束したの。弟を守るって。だから」
「守って死んで、はい終わりってか。無責任だな」
「無責任じゃない。おじさんはルビリス様に“お願い”されて来たんでしょ? だったら弟のことだって……」
姉からのまっすぐな視線を受け流すように、俺は小さく膝を抱える弟を一瞥した。その目が見つめる先にいるのは、誰でもない、唯一残った肉親だけだ。
「無責任だよ。人様に後始末を押しつけるのも、自分はトンズラかまそうとするのも。いいか、責任ってのは生きてやり遂げねぇと意味がねぇ。お前の責任は、弟を守ることじゃあない。弟と二人で生き抜くことだ」
これ以上話す暇はない。俺は壁から背を離し「大人しく待ってろ」と鉄格子を後にする。姉弟が追いかけてくるかとも思ったが、足につけられた枷は、ご丁寧にも地面へと繋がれていた。
空には月が昇り、当たり前だが朝には沈む。昼と比べて夜は短い。
「早いとこ済ませるか」
本当に、とことん、面倒くさい。特にガキが絡んだ時なんか最悪だ。
感情のままに笑う姿は見てられんし、泣き喚けば煩くて耳をも塞ぎたくなる。特に足に絡みつき、助けを乞うてきた時なんかは嫌気も差す。
「あー……、本当、面倒くせぇことしてくれやがって」
だから、こんな後始末を押しつけたクソ野郎に、文句のひとつでも垂れにいくのだ。
それにしても、警備の“け”の字すらないほどに人が見当たらない。鉄格子のあった地下を突き当たりまで進んだところで、再び天井に扉が見えてきた。今度はご丁寧に梯子がかけられている。
埃がかぶっていないのを見るに、この上と姉弟がいた地下までは、何回かは行き来しているようだ。
「誰も……いないな」
梯子を登り、聞き耳を立てるが、特に物音はしない。そっと扉を押し上げ顔を出してみれば、なるほど、ここは領主の館の敷地内にある物置きであることがわかった。
音を立てないよう這い出ると、物置きの出入口へ近づき、再び聞き耳を立てる。
「本当に来んのか?」
「ん? あー、アークベルト様が言ってた奴か?」
「たかだか一人の、しかも人間だろ? アークベルト様に御力を頂いた俺たちの敵じゃねぇっての」
「しかも満月の夜に来るって……。余程の馬鹿か、そうでなけりゃナルシストだっつの」
「なー! 満月って、なー!」
バギンッ。
「……?」
気づいた時には、俺は素手で取っ手部分を鷲掴みにし引っ張っていた。鍵と扉の強度のほうが足りず、綺麗に取っ手があった部分だけが丸くくり抜かれる形になる。
「……へ?」
仕方がないので、出来た穴に手を入れ扉を開けば、驚きで目を丸くする二人の男と視線がぶつかり合った。
「あぁ、悪い。今日はいい月夜なもんで、つい散歩に来ちまった」
「え、あ、散歩って」
「し、しんにゅ……むがっ」
声を上げようとした男の顔面に拳を叩き込んで黙らせると、俺はもう一人の男に、ヴェインたちには見せたことがないほどの穏やかな笑みを向けた。
「ドーモ、ナルシストデス」
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