第13話

 国境越え、と聞けば大変そうなもんだが、ここは門を守る衛兵に、自分の身分証明書を見せ、簡単な持ち物検査だけで通る。といっても、あの父娘のように、南から逃げてくる一般人に身分証明書なんてあるわけもなし、ならばああいう輩はどうするか。

 そこであのチンピラもどきの出番というわけだ。大方、上手いこと乗せられここに来たようだが、その見返りとしてあのような目にあったんじゃ意味もないだろうに。


「お待たせ致しました、ディアス・S・ゲイザー様御一行ですね。許可が下りましたので、どうぞお通りください」


 頭を下げた衛兵に「どうも」とだけ伝え、足早に門を出ていく。ここは視線が痛い。

 それもそうだ、成人男性に、女子供、うち一人はエルフ。傭兵というにはあまりにも頼りなさすぎるし、もしこれが国の兵ならば、そもそも許可証を持って通行するはず。

 何をどうとっても、考えても、俺たちはチグハグすぎた。


「ねぇねぇ、ディアス。僕たち人気者だね」


 隣に並ぶヴェインが小声で囁く。これが人気者、という一言で終わらせられるなら、その辺の犬やら猫のほうがよほど人気者だと思う。


「それはそうよぉ。みんなヴェインちゃんの可愛さに気づいちゃったのねぇ」

「え! 僕はカッコいいのほうがいいなぁ、ディアスみたいな!」

「あら聞いた? ディアスちゃん」


 ヴェインとガレリアが和気藹々と話しているが、その世代のやつは大抵年上に憧れるもんだ。何をしてもカッコよく見える。


「リーフィさん、朝はどこに行ってらしたんですか?」

「フェリカ、服、違う」

「え? あ、これは朝ガレリアさんが買って下さったんです!」


 そう。ただでさえ手持ちに余裕がないというのに、俺がリーフィを追いかけている間、ガレリアがフェリカの服(というよりコートだ)を見繕ったらしい。膝丈まであるコートの前はがっちりボタンを閉め、伸びる足はすらりと細い。一見何も着てないように見えるが、流石にそれはないだろう。


 門を出れば、そこは“天降る国”の領地だ。空は薄灰色の雲が立ち込め、雨がしとどに地へ降り注いでいる。湿気った香りと、肌を撫でるベタつく風に眉をしかめ、眼下に広がる湿地帯を眺める。

 国境は山近くにあるため、この領地の中でもまだ湿気がマシな部類だ。ここから山を下り湿地帯へ入る頃には、汗だか雨だかでわからん水っ気で服が肌にへばりつく感覚を味わうことになる。


「うわぁ、ここが“天降る国”かぁ」


 初めて出た国がこことはヴェインに少し同情するが、そうも言ってられん。夜になるまでに湿地帯へ入り、出来れば小さな村を見つけ、そこで宿を取らねばならない。


「急げ。夜になれば本格的に暗くなる。そうすりゃあ足元のぬかるみも見えなくなって、運が悪けりゃそのまま深みにはまって死ぬぞ」

「えぇ!? そんなに深いんですか?」

「そういう場所もあるってだけだ。ただ見た目にはわからんから、ぬかるみにはまらんように明るい内にだな……」

「うわぁっ」


 言ってるそばから、ヴェインが斜面に足を取られたのか、そのまま一気に滑り落ちていく。


「ああったく、おいヴェイン!」


 こめかみを押さえてため息をつく。まぁ、下に行けば自ずと合流出来るだろうと考え直し、変わらない早さで足を進めようとし――


「ヴェイン、楽しそう、やりたい」

「は?」

「いいわねぇ! やりましょう!」

「おい……」

「それでは、競走ということで……」

「何言って」


 止める間もなく、三人は器用に斜面を滑っていく。ガレリアなんかは持ち前の運動神経の良さをいかんなく発揮し、雪山を滑るかのごとく、時には一回転まで披露している。


「なんで、あいつらは、こうも……」


 ヒトを完全に支配するなど出来はしないし、しようとも思わんが、それでも今だけは言いたい。

 流石にもうちょっとは俺の言うことを聞いてくれと。


「あーーったく」


 仕方なしに俺も滑っていく。跳ねた泥が、ズボンの裾だけでなくコートの端にもつくのが気になるが、そんなのはもうクソ喰らえだ。

 そうして山を降り湿地帯に入れば、なぜか先に降りたあいつらが、地面に出来たそこいらにある水たまりを見つめていた。どうした、と声を出しかけ、大地が細かく震えていることに気づく。

 これは――


「アギャバアアアア!」


 耳をつんざく叫びと共に水たまりから顔を出したのは、巨大なミミズのような生物、水蚯蚓ウォータワームだった。

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