第12話

 しがみつく少女を振りほどけないわけではないが、ここでそれをするのは大人気おとなげがない。だから俺はせめてもの嫌味にと「なんだ」と低く言ってやった。


「お願いお兄ちゃん、お母さんを助けて!」

「そういうのは勘弁してくれ。それこそ、それを生業にしてる傭兵共にでも依頼するんだな」


 能力開花した奴らが、荷馬車で会った野盗や今のチンピラもどきみたいなのばかりだと思えば、そういうわけでもない。

 国の兵士に志願するもよし、薬師くすしとして働くもよし、それこそ命知らずな奴らは傭兵として稼ぎを上げている。俺もそうだ、国に雇われた身であり、今はこいつらの(不本意だが)保護者として旅をしているにすぎない。


「第一、母親ってどこにいんだ。もしかしてチンピラの寝蔵じゃあるまい。それこそ傭兵か衛兵に」

「違うの、南の領主様のとこなの」

「はぁ?」


 そこまで話を聞き、改めて少女の服をよく見る。次に父親の服、強いて言えばその染め方を。

 南は雨の国。逆に言えば水が豊富なその国は、だが農業をするには不向きすぎた。ならどうしたか。雨を利用した染色を国の特産品とし、他国へと売ることで伸びていった。

 この父娘が着ているのはそれだ。言い方は悪いが、こんなみすぼらしい服でその独特な染め方が出来るとするなら――


「あんたら、南の人間か」


 他国へ売る服が、こんなにみすぼらしいわけがない。実際、この国で売られているのは高級品として扱われ、そしてそれを買えるのもまた、高貴な方々のみだ。

 父親は顔を渋くし、それから消え入りそうな声で「……はい」とだけ答えた。


「なら、なおのこと関わるつもりも義理もない」

「そんなっ、お願いします、あなたならあの領主にも……」

「いいかげんにしてくれ」


 父親がびくりと体を震わせた。傍らで竦む少女の瞳が、俺と父親を交互に見やる。


「俺は奉仕団体でも、金で動く傭兵でも、まして力あるお人好しの旅人でもない。自分のことしか頭にない、卑怯な人間の、成れの果てにしかすぎん。俺に頼るだけ無駄ということだ。悪かったな」

「そんな、そんな……」


 絶望し、地面に泣き崩れる父親。目に涙をためて、しかし泣くまいと必死に口を結ぶ少女。久しく見ることがなかったそれに、何も感じないわけじゃあない。だからなのか。俺は無意識に「なぁ」と屈んでやり、少女に目線を合わせた。


「母ちゃん、好きか?」

「……うん。お母さん、いつも優しくて、あったかくて、それと、お母さんの作るシチューが美味しいの」

「そうか」


 俺は少女の頭に手を乗せ、軽く二度叩いた。不安の滲むその目に、渋い顔の男が写る。その男は苦笑いをしていた。


「俺はディアス、ディアス・S・ゲイザーだ。王国付きの観測、記録士をしている。あんたらを国へ届けることは出来んが、この名前を出すくらいならしてやれる」

「ディアス、お兄ちゃん……?」

「国へ着いたら、その辺の兵士にでも俺の名前を伝えろ。衣食住くらいは出るだろう」


 それだけ言い、立ち上がる。父親が俺を見て「あ、ありがとうございます……!」とさらに地面に頭をこすりつけた。今の俺は何もしていないというのに。第一、国へ着けるかは保証出来んというのに。


「言っておくが、あんたらの母親がどんな奴かは知らんし、助けてやれる保証もない。領主のところに今もいるかは知らんしな。期待はするな」

「は、はい! 本当にありがとうございます!」

「……リーフィ、行くぞ」


 これ以上会話をしても仕方がない。俺は傍らのリーフィに顎で示すと、早足気味に歩を進めた。隣に並んだリーフィが、珍しくその口元をにやりと歪ませ、


「お、ひ、と、よ、し」


とからかってきやがったので、俺は「黙って歩け」と舌打ちをした。

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