トライアルへ誘う女神

尾久沖ちひろちゃん

トライアルへ誘う女神

 初めまして、女神です。


 え? そうは見えないですって?


 それはそうでしょう。


 女神と聞いて多くの人間が思い浮かべるのは、神々しい雰囲気を纏った絶世の美女ですから。


 しかし、今の私はというと――ご覧の通り、そのイメージどころか、人間そのものと大きく掛け離れた、全くの異形です。


 これこそが「女神」の真の姿。


 さて、そろそろ「配達人」が来る時刻なので、女神らしいグラマラスな美女に化けるとしましょう。


 姿を変えた直後、


「お届け物で~す」


 現れたのは、日本のどこにでも居る、地味な作業着と帽子姿の、あり触れた居酒屋で安酒でも飲んでいそうな、四十代の男性トラックドライバー。


 そんな彼の正体は――「死神」。


 私が、真の姿と仕事の姿を使い分けているように、彼ら死神も、トラックドライバーとしての姿と、死神本来の姿を使い分けているそうです。


 彼らの本来の姿は、私も知りません。


「ご苦労様です。二十個、確かに受け取りました」

「どうも。それじゃ、俺はこれで」


 段ボール箱の受け渡しが終わると、死神ドライバーは二トントラックを駆って、速やかに去って行きました。


 死神ドライバーから受け取ったこの段ボール箱の中身は、彼らがトラックで轢き殺した人間の魂、二十人分。


 女神の仕事は、死神が持って来た死者の魂を、異世界に転生させる事。


 日本のポップカルチャーでは、死んだ後に異世界で生まれ変わる「異世界転生」という概念が流行しているのですが、私の仕事はまさにそれです。


 ――ですが、その前にやらなければならない作業があります。


「久し振りですね」


 瞬時に異世界に転移した私は、目の前の青年に挨拶する。


 そう、かつて死神に命を奪われて魂を運ばれ、私が異世界転生させた元日本人です。


 後ろには、異なる人種の美女達がズラリ。


「あなたは……女神様。久し振りですね」


 私の顔を見て、何も知らない転生者が呑気な笑顔で応じる。


「……かつて私が、何と言ってあなたをこの世界に転生させたか、憶えていますか?」

「え?」


 やはり忘れてしまっているのでしょう、実に間抜けな表情です。


「『強大な力を与えて転生させる代わりに、邪悪なる魔王を討伐して世界を救って欲しい』――私はそう言ったはずです。しかし今日までの二十年間、あなたがした事と言えばせいぜい、王都周辺に散発的に出没する魔族を、要請に応じて倒す事くらい。自ら積極的に、魔王や魔族の征伐に向かう事は一度も無いまま、その女性達にちやほやされながら、特に進歩の無い日々を過ごしていただけ。違いますか?」

「そ、それは……」


 転生者の行動を、私は全て漏らさず把握しています。


「よって、最早あなたには魔王討伐の意志が無いと判断。不合格とし、これにて『試験』を終了します」

「し、試験……!? 不合格? 一体何の事ですか……? 意味が分からないんですけど……」


 疑問を無視して、私は彼に掌を向ける。


 直後、彼の体から光の玉が解き放たれ、私の掌に吸い込まれた。


「今、あなたに与えた全ての能力と権限を剥奪しました。日本人だった頃と同じ、どこにでも居る徒人ただびととして、どうぞ余生をお過ごし下さい」


 ルール上、私が転生者に直接手を下す事はできないのですが、与えられた能力と権限で好き勝手に振る舞っていたお陰で、魔族を含めて結構な数の敵を作っていたようなので、数年の内に復讐されて死ぬ事でしょう。


 この世の全ては因果応報。


 どんな生き方であれ、その報いは必ず返って来るのです。


「ま、待って……これは違うんです! 今はまだ力を蓄えている最中なんです! その内やろうと思っていたんです! 本当です!」


 ウィンドウに表示されたステータスの、あまりに貧弱な数値の数々を見て、私の言葉が真実だと理解した転生者が、狼狽ろうばいあらわに喚き始めました。


「本来、人生は一度切り。二度目のチャンスを捨てたのはあなた自身。三度目などありません」

「わ、分かった! 俺が悪かった! 今度はちゃんと真面目にやるから……! だから……だから力を返してくれぇ……!!」


 尚も見苦しい言葉を吐き散らす転生者に背を向け、私は元の場所に転移する。


「さようなら、永遠に」


 これが、異世界転生の真実です。


 今の彼を含め、転生者達がそれぞれ向かった世界は全て「真の異世界」などではなく、私が創造した「偽の異世界」――例えるなら、私が開発したRPGの中です。


 故に「偽の異世界」のあらゆる事象は、ゲームマスターたる私の思うがまま。


 転生者達に万能の能力を与える事も、主人公を盲目的に肯定する美女達をあてがう事も、事象歪曲権を与えて都合の良い展開ばかりを引き起こさせる事も、創造主にして管理者でもある私には容易い事なのです。


 村人も商人も冒険者も貴族も国王も、ドラゴンから微生物一匹に至るまで、あらゆる生物は、私が役割を与え、配置した駒に過ぎず、魔王率いる魔族の世界征服計画も、やはり私が用意したシナリオに沿ったものに過ぎません。


 魔王を倒せばゲームクリア、「偽の異世界」から「真の異世界」へ転生する――これはそういう『試験トライアル』だったのですが――


「転生者ナンバー、8BB64A3号も不合格。転生前の予想通りでしたね」


 絶大な能力、魅力的な異性達、苦労も挫折も無い薔薇色のみの人生――私が用意した優しい「接待」に甘やかされ続けた転生者達は、やがて転生時に課せられた使命をすっかり忘れ、自分が心地良いだけの、怠惰で平坦な日々を送るようになりました。


 そう、これまでに転生させた一億人以上の日本人の、ほぼ全員が。


 魔王を倒して世界を救うという重大な使命を忘れず、恐怖を克服して困難に立ち向かい、甘美な誘惑に骨抜きにされず、逆境をも糧としてたくましく成長していく――真に『勇者』と呼ぶに相応しい、強靭にして高潔な精神の持ち主を見極める事こそ、この『試験』の目的。


 でなければ、「真の異世界」で待ち受ける「真の魔王」には決して勝てません。


「真の魔王」の強さ、狡猾さ、冷酷さ、用心深さは、私が「偽の異世界」に配置した魔王の比ではなく、半端な者では、転生から一年と経たずに見つけ出され、始末されてしまうのは必至。


 見事合格して「真の異世界」へ向かった者も、力及ばず抹殺されてしまうか、魔王との絶望的な力の差を知って戦意喪失、戦いそのものを放棄してしまっているのが現状なのです。


「死神ドライバー達が持って来るのは、どれもこれも似たような凡愚の魂ばかり。もう少し骨のある魂を持って来てくれないものでしょうか……」


 ここ五十年の間、合格者は五人と出ていません。


 先程届けられた二十人の中からも、恐らく合格者は現れないのでしょう。


 十三番目の魂を手に取り、先程の不合格者から剥奪した能力を注ぎ込んで、転生の儀式を開始します。


 魂が、生前の――日本のどこにでも居そうな、凡庸な顔立ちの若者へ変化しました。


 あまりに似たような者ばかりが届けられる為、これは前に不合格にした者では? デジャヴでは? と錯覚する事は数知れず。


「こ、ここは……」


 呆気に取られる若者へ、使い慣れた女神スマイルを投げ掛け、お決まりの台詞を述べます。


「初めまして。私は異世界転生を司る女神。あなたには異世界へ転生して、恐るべき魔王を討伐して頂きたいのです――」

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