トラックを駆る死神
尾久沖ちひろちゃん
トラックを駆る死神
初めまして、死神だ。
え? そうは見えないって?
そりゃそうだろうよ。
死神と聞いて多くの人間が思い浮かべるのは、馬鹿でかい鎌を持った骸骨だ。
しかし、今の俺は地味な作業着と帽子を着て、その辺の居酒屋で安酒でもかっ喰らってそうな、四十代のオッサンの姿をしている。
勿論、仮の姿だ。
本当の姿は――骸骨ではない、とだけ言っておこう。
現在、俺は乗り慣れた二トントラックを運転し、日本の某県にある国道を時速五十キロで突っ走っている。
勿論、夕暮れ時のドライブなんかじゃない。
お仕事だ。
死神のお仕事が何かは――言わなくても、分かるよな?
ほら来たぞ。
歩行者信号が赤を灯しているにも関わらず、ひょこひょこと車道に出て来る不注意者が。
普通のドライバーなら、ここでブレーキを踏むのが正解だ。
しかし――俺はその逆のアクションを取った。
アクセルを思い切り踏み込み、時速五十キロから七十キロへスピードアップした。
スマホを操作しながら呑気に出て来た若い男が、ようやくこのトラックの接近に気が付いたようだが、もう遅い。
ぽかんとした間抜け面が、ライトで白く照らし出される。
そして、衝撃。
時速七十キロの二トントラックは若造の体を、PKのサッカーボールみたいに吹っ飛ばしてやった。
グシャリ、と音を立てて落っこちる肉の塊。
トラックはそれすらも踏み付け、骨と内臓から更に原型を奪う。
見ていた歩行者達が、ワーキャーとみっともなく叫ぶ。
「一丁上がり」
――とまあ、これが死神の仕事だ。
轢き逃げだ、警察に逮捕されるぞ、という声が聞こえてくる気がするので、説明しておこう。
その心配は全く無い。
ほら、始まった――「歴史の修正」が。
世界が一瞬歪んで、元に戻る。
それが終わった頃には、バックミラーにさっきの若造の死体は映っていなかった。
叫んだはずの歩行者達も、のんびり歩いている。
消えたんだ。
陳腐な死体消失マジックじゃない。
奴の存在そのものが、この世界から――歴史から消えたんだ。
俺も詳しくは知らないが、死神に殺された人間は、その存在そのものが歴史から消滅し、最初から誕生していなかった事になる。
両親は奴を産まなかった事になり、役所の記録や戸籍、学校の卒業文集からも奴の存在は消え、友人や職場の同僚の記憶からも消滅する。
奴が関わらなかった形で、歴史は完全に修正される。
したがって、俺は「誰も殺していない」事になった訳だ。
こんな事をして何の意味があるのかって?
あるんだよ。
たった今、俺が殺した若造の魂は、このトラックの荷台に収納された。
既に十二人分の魂が積載されていたから、今の奴は記念すべき十三人目、死神のラッキーナンバーだ。
この魂達の送り先は「異世界」。
この日本のポップカルチャーでは、死んだ後に異世界で生まれ変わる「異世界転生」って概念が流行しているが、俺がやっているのはまさにそれだ。
死ぬべき人間をトラックで轢き殺し、その魂を異世界転生を司る女神に届けるのが、俺の仕事だ。
俺がこのトラックを走らせて、ある程度の距離まで近付くと、異世界転生の素質がある人間は無意識的に反応してしまい、今みたいに轢き殺されに出て来るんだ。
俺はただ、適当にトラックを走らせ、そいつが出て来たらトラックを加速させるだけ。
異世界転生した奴らがどうなるのかは、俺も知らない。
ラノベみたく「転生特典」とか与えられて、順風満帆のセカンドライフを送るのか、それとも全く違う展開が待っているのか――そもそも異世界ってのがどんな所なのかも俺は知らない。
気にならないと言えば嘘になるが、別段知りたいとも思わない。
死神ドライバーの仕事は、死ぬべき人間を殺して魂をゲットする、ただそれだけだ。
今日のノルマは二十人。
あと七人だ。
――と、言ってる傍から、また車道に出て来る若造が一人。
さっきの十三人目と似たような顔、体格、服装をして、同じように歩きスマホをしている。
似たような奴ばかりが出て来るものだから、こいつ前に殺した奴じゃないか? デジャヴか? と錯覚する事は数知れず。
他の死神ドライバーも全員、同じ事を言っていた。
「その内、日本人全員が異世界送りになったりしてな……」
日本がどうなろうと関係無いが、ノルマが増えるのは勘弁だ。
死神にも、労働規則や定時帰宅、残業というものはあるのだ。
今日こそは早く帰りたいという願いを込めて、俺はアクセルを力強く踏み込んだ。
本日十四回目の衝撃が、トラックを揺るがした。
トラックを駆る死神 尾久沖ちひろちゃん @chihiro-okuoki
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