俺のステータス

佐々井 サイジ

俺のステータス

 暇人がスタバの店の外まで行列をつくっている。店の前には新作の何とかフラペチーノの看板が立ててあった。行列に沿うように中に入って店内を見渡した。どこも席が埋まっているように見える。でも練り歩いて空きがあるかを探す。これ見よがしにMacを広げる若い男、友達と談笑する若い女たち、この町のすべての若者がここに集結しているのではないかと思うほど犇めいている。


 小さいテーブルに参考書とノートを広げて勉強している女に目を落とす。俯いていて顔が見えない。位置を変えて横顔を確認。くりっとした目に小さい鼻、薄い唇に丸い顔。白いニットで強調された大きい胸。間違いない。高校時代に付き合っていた茉奈だ。高校時代よりさらに可愛くなっている。左手に指輪は……、ない。


 当時、進学科の中で一番かわいかった茉奈と付き合ったことは俺にとって重要なステータスだ。セックスできなかったのが一生の後悔だが、今も茉奈と付き合った事実はきらきらしい。


 高二の冬から卒業まで付き合っていた。旧帝大の経済学部を志望していた俺は模試でB判定だったものの、持ち前の勝負弱さを発揮し、センターでしくじった。滑り止めの私立大学に進学。県内トップの高校から私立大学への進学は、失敗組とみなされた。


 でも旧帝大はB判定だったから失敗と認めていない。茉奈は俺の進学した私立大学より僅かにレベルの高い大学に進学した。「大学は一緒でも、定期的に会おうな」と言うとまさかの「別れてほしい」。未練がましく思われるのが嫌であっさり受け入れた。その夜、ご飯が喉を通らず、母親から「大学生になるっていう年なのに好き嫌いするんじゃないよ」と叱られた。


 大学に進学してから高校時代の友達と会ったとき、茉奈が旧帝大に進学した同級生と付き合いだしたと聞いた。嫉妬で狂いそうになった。俺の進学した大学は男が七割を占めるむさくるしい毎日なのに。俺も早く新しい彼女が欲しい。でも茉奈が忘れられなかった。


 茉奈の鍵付きのインスタやTwitterを時々訪問する日々。別れた日にフォロー解除したことを後悔する。でももう一度フォローすることはない。同窓会にもいかない。顔を見せない俺を気になれと言う狙いからだった。あとは茉奈と別れても、過去の繋がりより今が充実していると見せかけるため。


 実際は進学してから彼女はおろか友達が一人もできなかった。一人オタクっぽい奴が話しかけてきたが、カーストが違うと思い、無視した。仲の良い友達は皆東京の大学に進学した。無様な姿を見られなくて良かった。毎年の年末に忘年会を開くが、大学の友達の爆笑エピソードを語った。もちろんすべて創作。十二月から創作期間が始まって憂鬱になる。


 人間関係を築けないわりには大企業ばかりESを出した。ほとんどが書類選考落ちで良くて一次面接。結果内定が出ず、バイト先で個別指導塾の教室長の見習いとして採用された。よくわからない小規模の会社がフランチャイズ運営する塾だ。有名私立大学の就職先としては失敗例と言える。


 勉強に集中する茉奈の薬指に指輪はない。声を掛ければ運命的な再会となり、また付き合うことができるだろうか。今度こそ茉奈と……。


「お待たせー」


 俺の横を素通りした男が茉奈に話しかけて対面に座った。休日なのにきれいに整えられた短い髪。服装は黒を基調としているが、銀色の腕時計が手首にぎらぎらと輝いている。茶色の靴はピカピカ。いつの間にか土がついて汚れているスニーカーを履く俺。十年前と変わらない、笑うと八重歯が出る茉奈の顔。日曜日になって終わらない仕事をスタバでしようと思う俺を十年前に切り捨てた彼女の選球眼は正しい。


 店の外に出て行列の一番後ろに並んだ。茉奈が見えるところで仕事をしていれば、俺に気づいて話しかけてくれるかもしれない。そうしたら昔の二人のように戻れる可能性だってある。


 しかし、ドアから茉奈と男が並んで出てきた。せめて挨拶だけでも。だんだん近づいてくる。俺は茉奈へ視線を注ぐ。目が合った。しかし茉奈は俺を一瞥しただけで通り過ぎていった。

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