エピローグ

 僕は一同に香澄ちゃんの行動の理由を説明した。全ては離れ離れになった重貞さんと鼎さんを引き合わせるための真心であったと。

 女将は泣き崩れ香澄ちゃんに抱きついた。「ごめんなさい、あなた一人に辛い思いをさせて」

「お母さーん、ごめんなさい」香澄ちゃんも泣いて謝る。


「さてと、僕はさっき加賀団体を管轄する役所に問い合わせたところ、そこに加賀の一本松と呼ばれる木があると回答を貰いました。明日北海道へと飛びます。女将さん、香澄ちゃん一緒に来てもらえますか?」

 涙に咽びながら、その親子は頷いた。

「私も行くー!」とヒナも手を上げた。


 そして翌日、僕たちは役所の人と警察立ち会いのもと、スコップで加賀の一本松の根元を掘った。暫く堀ったところで、鼎さんはそこにいた。まるでこの日を待っていたかのように。女将は膝をつき手を合わせた。

 骨壷にはかろうじて読める「鼎」という字が書かれていた。一旦警察預かりとなったがすぐに事件性がないことが確認された。

「ご先祖様をお返しします」警官は丁寧に骨壷を返してくれた。

 ヒナの目にも涙が浮かんだ。


 帰りの飛行機で、シートベルト着用サインが消えると香澄ちゃんは笑顔で骨壷の入った箱を抱えた。早く重貞さんに会わせたいとウキウキしているその様子は屋敷で出会った時とは別人だ。

 途中、CAの女性が巡回に来た時に、お荷物をお入れしましょうかと香澄ちゃんに尋ねたが、香澄ちゃんは、お荷物じゃないもんご先祖様だもんと答えた。

 その女性は笑顔を見せて失礼しましたと去っていった。


 機内飲み物サービスの巡回がきた。

「私オレンジジュース!」香澄ちゃんが笑顔で言う。

「私も同じもので」と女将も答える。

「そちらのお客様は何になさいますか?」

 女性は笑顔で香澄ちゃんの持つ箱に手を差し伸べた。

「温かい、温かいお茶をお願いします」

 女将は頬を伝う涙をハンカチで拭った。


 加賀に戻ったあと、僕たちはまず警察に行き、怪文書事件の経緯を説明した。まだ幼い香澄ちゃんのことと、その動機を考慮して厳重注意で放免された。


 その後、僕たちは重貞の眠る愛染院へと向かった。後日お祓いのあと重貞の墓に納められ、その墓石に鼎の名が刻まれると聞いた。


 全てを終えて辻呉服店へと戻る。

 大女将からも丁寧にお礼を述べられた。プロジェクトの件も再開するそうだ。

「本当に、本当にありがとうございました」女将は香澄ちゃんと一緒に頭を下げた。

「お姉ちゃん、怖がらせちゃってごめんね」

「いいんだよ、若女将」ヒナが優しく微笑みかける。

「お兄ちゃんありがとう! 私お兄ちゃんのお嫁さんになる」

「待ってるよ」僕は笑顔で答えた。

「もしもーし信さーん」ヒナが冷たい視線で言う。

「何ですか?」

「何故に敬語」

「お前たち、本当にご苦労だった。バイト代弾むからな。俺はまだこれから社長とプロジェクトを詰めないといけないから、すまんがあとは東たちと頼む」

「大樹さんもお疲れ様です」

「おう、またな」

 僕たちは帰路についた。


 僕は部屋に入るなりベッドに倒れ込んだ。

「疲れた」と呟いた。

 その時、頭の中に「ありがとう」と声が聞こえた気がした。瞬間、体が動かなくなった。金縛り? でも、いつもの恐怖感はない。僕は瞼を閉じた。そこには肖像画で見た鼎と、男が立っていた。この人が重貞さんだと確信した。二人は笑顔を浮かべてゆっくり深々とお辞儀をして背を向けた。そのまま二人は歩いていき、僕は彼らの背中が見えなくなるまで見守った。二人が見えなくなったところで目を開けると朝になっていた。


 夢?


 後日、僕とヒナは東さんが現代語に翻訳してくれた重貞覚書とバイト代の受け取り、辻呉服店での出来事を報告するために、東さん、梢さんの待つフォレスト エステートに赴く。

 途中、ヒナが手土産を持って行くと言って、評判のケーキ屋に立ち寄った。

 ヒナはメッセージカードを貰い、何やら書き込んでいる。


 ケーキ屋を後にして、僕たちはフォレスト エステートの入り口をくぐる。スタッフに案内され、東さん、梢さんの待つ部屋へと入った。

「ケーキ買ってきたんで、みんなで食べましょ」ヒナがケーキの入った箱を梢さんに手渡す。

「ありがとう、お茶淹れるわね」と梢さん。

「私も手伝います」とヒナがついていった。

 ヒナは梢さんに、先ほどのメッセージカードを手渡しているようだった。

「こういうの好きよ」メッセージカードを見て、梢は緋奈子に言う。

 準備を終えた二人が戻ってきて席に着く。

 ケーキを楽しみながら、僕たちは全てを伝えた。

 そしたら、ヒナと梢さんがニヤニヤしながら東さんを見ていることに気がついた。

「僕の顔に何かついてるかい?」東さんが不思議そうに尋ねる。

「これよ」と言って、梢さんはヒナの書いたメッセージカードを見せた。


 “東さんは最後にイチゴを食べます”


 東さんは困ったような表情で僕に視線を移した。僕は肩をすくめてみせた。

「ヒナちゃんは面白いね」

 如月きさらぎ 東は、満足そうにとっておいたイチゴを口に放り込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

地下に佇む幽霊 @PrimoFiume

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ