思い込み
「信、どういうことだ! 説明してくれ」
「はい、その前に皆さんにお願いがあります。どうか香澄ちゃんを責めないであげてください。香澄ちゃんはこの小さな肩に重過ぎる荷物をたった一人で背負い込んでいたんです」
「お約束いたします」スマホ越しに大女将の声が聞こえてきた。
僕は香澄ちゃんに向き直り優しく語りかけた。
「いいかい、大丈夫だよ。お兄ちゃんが何とかするからね」
香澄ちゃんは涙を腕で拭い大きく頷いた。
僕はまず、仏像が成田組建設工事の共振であることを説明した。
「信、だけどそれなら香澄ちゃんがいる時に動かないのはどう説明する?」
「共振であることは初めから予想していましたが、僕もそこが引っかかっていました。そこに思い込みがあったんです。見方を変えるんです」
「思い込み?」ヒナが不思議そうに言う。
「そう、いる時に動かないのではなく、いる時は香澄ちゃんが元に戻していたんだ。そして今建設現場は連休に入っているからその必要もないんだよ」
「肖像画を見るのは偶然?」ヒナが僕に尋ねる。
「テキサス狙撃兵の
「あっくん、まさか、壁にあった穴って、……」
「そう、もともとそこに掛かっていたんだ。蒼太さんが持ち出したなら掛け金まで外す必要はないからね」
「なるほど、それじゃメールや窓からの声はどうなんだ?」と大樹さんが言う。
僕は、ワセリンと振動スピーカーを使ったトリックであることを説明した。
「待て、まだある。この水浸しの床はどうなんだ? 200リットルもの水を香澄ちゃん一人で地下室に運べないだろう」
「それはサイフォンの原理です」
「サイフォンってコーヒー淹れる時に使うやつ?」ヒナが聞く。
「そう、管に液体を満たした状態で、液体の入った容器から管の先端を容器より低い位置に持っていき管を開放する。すると、途中に容器より高い壁があったとしても、それを乗り越えて液体が流れ続けるんだ」
僕は実例の説明を続けた。
「まずホースを防火水槽に沈めて、中を水で満たす。次にホースの先端をつまみ、水槽から取り出す。こうするとホースは水で詰まったままです」
「ストローでジュースを吸い上げて、飲み口を指で塞ぐとストローの中に残るのと同じね」とヒナ。
「そう、あとはその先端を地下室の床に置けば、勝手に水は流れる。灯油ポンプでも、灯油タンクをストーブより高い位置に持っていって数回ポンピングするだけでいい。物置が荒らされていたのはホースが必要だったからだろう」
「でも、サイフォンの原理なんて小学校で習わないでしょ? 香澄ちゃんは何でそんなこと知っているの?」
「女将さんが言っていたよね。説明書でも読んでたって。風呂水ポンプのついた洗濯機の説明書には必ず書いてある。風呂桶が洗濯機より高い位置にあると水が止まらなくなっちゃうからね」
「そうまでしてこの子が守りたかったものは一体、……」女将が言葉に詰まる。
「それについてはこれから説明するとして、その前に電話をかけていいですか?」
そう言って僕は電話をかける。
「はい、そうですか分かりました。では近日中に伺いますので、またこちらからご連絡します。では失礼します」
僕は香澄ちゃんの前でかがみ込み問いかける。
「お兄ちゃんと一緒に、鼎さんを迎えに行く?」
「行く!」香澄ちゃんは笑顔で言った。
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